京都大学霊長類研究所 > 2005年度 シンポジウム・研究会 > 野生霊長類の保全生物学・要旨 最終更新日:2006年2月17日

野生霊長類の保全生物学

発表要旨

辻 大和 (東京大学大学院 農学生命科学研究科 生物多様性科学研究室)

食物供給の変動が競合を介してニホンザルの個体群パラメータに及ぼす影響

動物の個体群動態が何に影響されているのかという問題は古くから生態学者の関心を集め、要因解明の努力が続けられてきた。個体群動態は出生と死亡、および移出入のバランスで決まり、これらのパラメータは食物環境をはじめとする外部要因やストレスなどの個体群内の要因から影響を受けることが明らかにされてきたが、これまでの研究は個体群を構成する個体の属性が全体に与える影響をさほど重視してこなかった。しかし近年の長期継続調査は外部要因が栄養状態を通じてパラメータに影響するプロセスが個体ないしクラスごとに異なることを明らかにし、これを受けて90年代以降はこのようなクラスごとのプロセスの違いを考慮して個体群動態を考えるという研究が多くなってきた。

霊長類のように群れ生活する動物では、資源が限られる場合にそれを巡るコンテスト型の競合が生じ、とくに成獣メスの場合には顕在化した採食成功の順位差が栄養状態を介して出産率・死亡率などの個体群パラメータに影響する。主要な食物である植物の開花・結実には年次変動があり、また分布様式や結実量といった特性は樹種ごとに異なる。それゆえコンテスト型競合の程度とそれから各個体が受ける影響の大きさは利用可能な樹種の特性に応じて年次的に変化すると考えられる。

本研究では宮城県金華山島に生息するニホンザルMacaca fuscata の一群を対象に、交尾期である9月から11月を中心に2004年6月から2005年12月までの約2年間にわたって1) 食物環境、2) 食物を巡る競合および採食成功、3) 個体群パラメータへの影響を調べた。金華山のサルは交尾期にブナ、ケヤキ、シデ類、カヤという4種の堅果類に依存して生活するが、結実周期は年ごとに異なる。2004年にはカヤのみが、そして2005年には全ての樹種が結実したことが分かった。2004年の主要食物であるカヤは生育本数が少なく樹冠面積が小さいという特徴があるため潜在的に競合が発生しやすい樹種と考えられるのに対し、2005年の主要食物のうちもっともサルの嗜好性の高いブナは生育本数が多く樹冠面積が大きいという特徴のため潜在的に競合が発生しにくいと予測した。6歳以上の成獣メスを対象に行動観察を行ったところ、カヤのみが多かった2004年の交尾期は他の季節に比べて競合の発生頻度が高くその頻度はカヤの地上密度の低下に応じて増加した。高順位個体が平均を大幅に上回るエネルギーを獲得したのとは対照的に、低順位個体は交尾期でさえ要求量ぎりぎりのエネルギーしか獲得していなかった。2004年の秋から2005年の春にかけて死亡した3頭のうち2頭は中順位個体、1頭は低順位個体であり、また2005年の春には高順位のみが出産した。そしてこのような個体群パラメータの順位間の違いは、過去にカヤだけが利用可能であった年にも見出された。対照的に、ブナなどが豊作だった2005年の交尾期には攻撃的な交渉の発生頻度は低く、順位に関わらず要求量を上回るエネルギーを獲得し、死亡個体はいなかった(出産率の確認はまだ行っていない)。そして過去にブナもしくはシデが利用可能であった年の出産率はいずれの順位の個体も高く、また死亡率は低かった。

これらの結果は、ニホンザルの採食成功が交尾期の堅果の種と量に影響される競合から強い影響を受けておりそれが栄養状態を通じて個体群パラメータに影響する可能性を強く示唆する。それゆえ、ニホンザルの個体群動態を考える際は順位クラスの影響を考慮したきめ細かい調査が必要となるだろう。

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