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野生霊長類の保全生物学/第5回ニホンザル研究セミナー

発表予稿

山田 一憲(大阪大学 人間科学研究科 比較発達心理学研究分野)

ニホンザルにおける母子の葛藤: 離乳期の乳首接触をめぐる母子相互交渉に注目して
Parent-offspring conflict in Japanese macaques: assessing mother-infant interactions through nipple contact during weaning.

【目的】
 離乳期のサル類においては、母と子の間で乳首接触をめぐる葛藤が生じる。その究極要因としてTrivers(1974)は親子の適応度上の対立を指摘し,至近要因としてAltmann(1980)は,子ザルが胸の中にいることが母ザルの活動の妨げになるような時(採食や移動時)に,母ザルが頻繁に拒否行動を行うことを明らかにした。これら母子の葛藤に関してBateson(1994)は,母子はお互いの状況をモニターし合いながら,その関係をダイナミックに調節しており,母子間の葛藤は必ずしも行動として表面化するわけではないと主張している。本研究では,離乳期のニホンザルの乳首接触をめぐる母子の相互交渉において、母子が相手の状況に応じてどのように自らの行動を変化させているのかを調べた。
 子ザルが母ザルの乳首をくわえていられるかどうかは,母ザルがその時何をしていたのかという活動内容によって異なることが示されている(Barrett et al., 1995)。そこで第1に,母ザルが乳首接触を許容しやすい状況があるならば,その状況にあわせて子ザルは乳首接触を試みる頻度を変化させているのかどうかを検討した。
 さらにBatesonは、子がいま受けている養育だけでは不十分な場合,母親に対してさらなる養育を求める何らかの信号を発すると考えた。母親は必ずしも子の状況を正確に把握できないため,子がこのような信号を発しているとすれば,母親が養育を効率よく行うという点で適応的である。子ザルが試みた乳首接触には,稀に鳴き声が伴うことがある。この鳴き声を伴って試みられた乳首接触が,子ザルのさらなる養育要求を示し,母ザルが乳首接触を許容する際の指標として利用されているのであれば,鳴き声を伴った乳首接触に対しては,母ザルの拒否行動が少ないことが期待される。そこで第2に,子ザルが鳴き声を伴って乳首接触を試みた時は,鳴き声がない時よりも,母ザルは乳首接触を許容することが多いのかどうかを検討した。

【方法】
 勝山ニホンザル集団(岡山県真庭郡)において,1歳齢の子ザルと母ザル15組を対象とし、2003年4月から9月までの76日間,総計225時間の行動観察を行った。

【結果と考察】
 子ザルが試みた乳首接触の成功率は,母ザルの活動内容によって異なっていた。母ザルは,採食や移動時には頻繁に拒否行動を示したが,自分の子ザルに対して毛づくろいを行っている時や他個体から毛づくろいを受けている時に試みられた乳首接触には拒否を示すことが少ないことが明らかになった。次に,もし乳首接触が母ザルの活動内容とは関係なくランダムに試みられたと仮定した時に期待される乳首接触の生起頻度を算出し,実際に試みられた乳首接触の生起頻度と比較した。母ザルが採食や移動をしている時は、子ザルは乳首接触を試みることが少なく,母ザルが他個体から毛づくろいを受けている時や自分に毛づくろいをしている時には、子ザルは頻繁に乳首接触を試みていることが明らかとなった。これらの結果は,母ザルが乳首接触を受け入れやすい状況と受け入れにくい状況とを,子ザルが認知している可能性を示唆する。
 子ザルが鳴きを伴って試みた乳首接触は成功する確率が高く,成功した場合はその乳首接触がより長い時間継続する傾向にあった。しかしながら,乳首接触が試みられる時に鳴きが伴う割合は,母ザルの活動内容に関わらず,低い値を示した。さらに,鳴きを伴った乳首接触を頻繁に試みる子ザルは,観察時間全体で見ると,必ずしも乳首に接触している時間が長いわけではなく,乳首接触の成功率も高いわけではなかった。以上の結果から,鳴きを伴った乳首接触を子ザルが過剰に試みることによって,子ザルが母ザルを「操作」し,母ザルから必要以上の養育行動を引き出そうとしている可能性は低いと考えられた。むしろ,母ザルと子ザルの間では鳴きを伴って試みられた乳首接触が,子ザルが本当に養育を必要としている時にだけ発せられる,「正直な信号」として利用されている可能性が示唆された。

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佐伯 真美(元 上智大学・生命科学研究科)

伊豆大島の外来マカク種に関する遺伝学的研究

 伊豆大島には戦前,動物園から脱走し野生化したサルが生息しており,現在,島のほぼ全域で群れの生息が確認されている。しかし,脱走したサルの種については諸説あって定かにはされてこなかった。そこで,島内に生息するサルの種を遺伝学的に同定することを主な目的に,2001年12月と2002年6月に島内数箇所で採取した24の糞試料が分析された。糞表面に付着する腸管上皮細胞から抽出されたミトコンドリアDNAのD-loop領域から202塩基配列が解読された結果,24試料は全てタイワンザルタイプと判定され,これら24試料は2箇所の置換サイトからA・Bの2タイプに区別された。また,これら2タイプの分布は地理的に偏りがあり、動物園を境にAタイプは時計回りに,Bタイプは反時計回りに分布拡大したように観測された。そこで本研究では,(1)脱走したサルの種,および(2)群分裂を介した分布拡大の経緯,を遺伝学的に明らかにすることを目的とした。
 分析には2003年3月から10月に島内で採取した糞由来の78試料および有害鳥獣駆除個体から直接採取した3試料の計81試料を用い、その遺伝子タイプを決定した。本発表では、これら81試料の種の同定結果、および遺伝子タイプの地理的分布状況について報告する。

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山田 彩(京都大・霊長類研究所)

農地と森林における食物利用可能性がニホンザルの環境選択に与える影響について

 多くの動物種で、食物の利用可能性や可能量が、その生息地利用や行動圏の大きさに影響を与えることが知られている。霊長類においても、生息地内の食物の利用可能性および利用可能な量に応じて食物種が変化し、またそれに伴い土地利用にも変化が見られることが報告されている。農作物被害を起こすニホンザルの行動パターンも、森林だけでなく農地における食物資源の状態にも影響を受けており、さらにサルにとって農地が重要な採食地であるほど、その影響が強くなることが予想される。そこで本研究では、農地および森林の食物利用可能性の変動がサルの土地利用に与える影響を明らかにした。その結果、農地では食物利用可能性が年間を通じて高く、サルの環境選択指数も通年高いことがわかった。サルの環境選択はとくに冬に農地に依存する傾向があり、冬に利用する農地は狭い範囲に限られていた。これらのことから、この群れが非常に農地に依存している群れだということがわかった。また同時にコナラ林も食物利用可能性の高い月に選択され、その利用可能性に応じて使われていることが明らかになった。ただし、農地、コナラ林両方での食物利用可能性が高い11月においては、ほとんど農地とその周辺を利用しており、コナラ林の利用可能性にかかわらず農地における果樹の利用可能性がサルの土地利用に影響を与えていることが示唆された。また、農地に隣接している森林はその植生に関わりなく、農地の利用に影響を受けている場所であるようであった。以上より、年間を通じて農地に依存している群れにおいても依然森林の食物利用可能性に影響を受けていることが明らかになった。しかし同時に、冬期に利用する農地とそうでない農地がみられたことから、食物利用可能性とともに、その他の要因がサルの土地利用に影響を与えている可能性も示唆された。

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千々岩 哲(景生保全研究所)

景観構成と植生環境が野猿群の遊動様式に与える作用」
The action which landscape structure and vegetation environment give to the movement pattern of wild macaque troops.

 滋賀県甲賀群土山町において1997年から2000年にNi群とKe群の生態調査及び、2002年、2003年に植生調査を行った。1997-98年間の最外郭行動域の森林植生割合は,Ni群では人工林31.3%,アカマツ林25.0%、落葉広葉樹林2.9%であり、Ke群は人工林64.0%、落葉広葉樹林12.8%であった。植生環境の選択性はNi群では年間を通して安定していたのに対して、Ke群は季節変化を示したが、年間を通してみると2群共に広葉樹林が最も高く、アカマツ林が最低であった。また川沿いに連続して農耕地集落が広がる場所を遊動域の中心に据えたNi群に対して、Ke群は森林地帯に小規模な農耕地集落が点在する場所を遊動域としており、景観構成に大きな違いがあった。景観構成と森林植生の配置の違いから、Ni群は定着型が強い一方で、Ke群は利用地域が季節的に変化する傾向にあった。遊動域の3年間の変動では、2群共に1998年秋季の遊動域が顕著に縮小し、この理由には9月21-22日に近畿地方を襲った台風7号による果実・花序の大量落下が影響した可能性がある。Ni群は、夏季と冬季に遊動距離と利用面積の強い相関が失われ(夏季r= 0.30,冬季r= 0.27)、まとまった農地に依存する農耕地林縁を中心とした遊動様式であった。Ke群は点在する落葉広葉樹林や農耕地等を渡り歩くため、遊動距離と利用面積の相関は年間を通して高く(Speaman’s test,春季r=0.9291,P<0.001. 夏季r=0.9000,P<0.05. 秋季r=0.8167,P<0.05. 冬季r=0.9291,P<0.01)、山林遊動型を示し、Ni群とは異なった遊動様式を示した。またKe群は農耕地林縁部の利用率が高い日ほど遊動距離が短くなり(Stepwise analyse,P<0.01)、農耕地林縁部が採食地として価値が高いことが影響していると考えられた。2群の遊動域の人工林率が高いことから、人工林の林縁部と林内の下層植生を比較した結果、林縁部から林内へ30m進入した地点で下層植生の植被率・種数が有意に減少した。その理由には林縁部の相対照度が59.2±38.8%であるのに対して林内へ10m進入した地点では2.9±5.9%しかないことから光条件が大きな要因として挙げられる。そして、人工林の下層植生の構成種は落葉広葉樹林と類似性が高い一方で、アカマツ林(モチツツジ−アカマツ群落)とは大きく異なっており、これを示唆するものであった。以上のことから遊動域の景観構成と植生環境の違いは、2群の遊動様式と環境利用に違いを生じさせていると考えられ、遊動域の多くを占める人工林の光条件を改善し広葉樹(林)を増加させることは農耕地林縁部への依存を減少させることに繋がると考えられる。

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鈴木克哉 (北海道大学・文学研究科・地域システム科学講座)

電気柵管理状況からみた中山間地域の猿害問題の実態―被害管理に必要なもうひとつの視点について

1.はじめに
 本発表では、演者がこれまで関わってきた青森県下北半島の猿害問題を事例に、被害を起こしている群れ(以下'加害群'とする)の農地利用状況、および現地での主要な対策法である電気柵設置事業の効果を生態学的に評価し、電気柵管理状況の問題点を中心に、中山間地域の猿害問題の実態をその社会的背景をふまえて考察する。

2.電気柵の効果と問題点
 調査地である青森県下北郡佐井村では1991年ころから野生ニホンザル群による農業被害問題が発生し、1994年から県あるいは国の補助事業として電気柵の設置を開始した。電気柵は被害が頻発する農地に優先的に設置され、設置域は徐々に拡大された。本研究では主に1999〜2001年に加害群を追跡して、GISを用いた土地利用分析と直接観察(スキャンニング)による行動分析を行った。その結果、群れの農地利用には季節的な変化があること、農地依存が年々増していることが明らかになった。また1999年と2001年に現地の主要な対策法である電気柵の効果について検討したところ、両年とも電気柵で囲われた農地においては選択率が低く(約20%)、その効果が認められた。
 しかし一方で、観察期間の1999年から2001年の間に、群れは行動域を南北に拡大させ、周辺の集落で被害を発生させるようになるという新たな問題点が明らかになった。また行動域の拡大ばかりでなく、この2年間に農地での滞在時間が約1.4倍に増加し、サルの人馴れの程度も進行した。さらに、電気柵が設置してある農地においても電気柵内に侵入する個体が現れはじめた。その侵入経路は電気柵に隣接している樹木や小屋づたいから,あるいはネットと地面の隙間からである。次々と農地に電気柵を設置する一方で、群れの行動域が広がった点、群れの農地依存度の増加と電気柵管理の不徹底により被害防止効果が失われた点は、被害防除における広域・総合的さらには順応的な対策の必要性を示している。

3.電気柵管理状況からみた猿害問題の実態
 このように、農家による電気柵管理の不履行は電気柵の効果が失われる要因となった。電気柵は被害頻発農地から優先的に全額行政負担で設置されているが、佐井村における聞き取り調査の結果、電気柵に対する反応には、@導入段階、A管理への積極性、B問題と直面した際の対応、の各段階で異なることがわかった。特に地域社会の土地所有制度が関わる問題は電気柵管理において大きな障害でなり、それを克服して管理を徹底している農家は稀であった。これらの電気柵管理に対する意識・行動の多様性が生まれる背景としては、農業の地域的特性が考えられる。当地ではほとんどの農家は家庭菜園を主とした趣向的な自給農業であるが、各個人の農業への関わり方や意義は単なる経済主義的なものだけでなく多様である。しかし、これまでの電気柵による対策事業の目的は"食害"(=物質的な農作物の損失)防止に終始しており、地域農業の現代的意義に必ずしも適合していないことが、本来有効とされる防除技術の不履行という行動の要因と考えられた。また同様に住民の被害に関する意識も多様であるが、発言は様々な場面や条件により変化し、必ずしも行動と一致するものではなく、被害意識は重層的なものであることが明らかになった。特にアンケートや講習会・会議など合意形成を求める場で発言は収斂しやすい傾向にあり、必ずしも実態を正確に反映していない事例があった。

4.さいごに
 本研究では、「獣害とは、害を被る人々に意識され、その寛容のレベルを超えた時に表出する問題である」という前提を重視している。この観点からすると、従来の自然科学的手法による食害防止技術の開発は獣害問題を軽減させる一手法であり、今回の事例のようにそれのみでは問題の本質的な解決に至らない場合が生じてくる。つまり被害管理の現場で扱われなければならないのは経済主義的な"食害"のみでなく,それぞれの地域の社会・文化的背景により成り立つ"被害"感情であり、獣害問題において想定されている対象を再検討する必要性があるだろう。特に従来のような単一的なアンケート調査による住民の意識把握・合意形成手法は見直されなければならない。

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泉山 茂之樹(野生動物保護管理事務所)

Troop size, home range area, and seasonal range use of the Japanese macaque in the Northern Japan Alps.

Home range area and habitat use of the wild Japanese macaque (Macaca fuscata) were investigated in the Northern Japan Alps between elevations of 600 m to 3000 m where vegetation types vary greatly. A total of 22 troops were located visually or by radio-tracking from December, 1996 to February, 2000. The average troop size was 48.4 individuals, the average ranging area (65% probability distribution calculated by the adaptive kernel method) was 3.7 km2, and the average located elevation of each troop varied from 740 m to 1458 m. Two troop types were distinguished according to their habitat use: the "rural" group that frequently utilized cultivated land (n = 12), and the "natural" group that never utilized cultivated land (n = 10).
The natural group inhabited higher elevation areas and showed a higher dependency on deciduous broad-leaved forests during all seasons. On the other hand, the rural group used the larch plantation more in spring, and the red pine forest in summer. They were seen on the cultivated lands more often from summer to winter than in spring. The troop size of the rural group was twice as large as that of the natural group. The troop size and the home range area showed significant correlation in each group. The per capita home range area of the rural group was smaller than that in the natural group. These results suggest that per capita home range area negatively correlates with habitat quality.

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森光 由樹 (野生動物保護管理事務所)

保護管理にむけたニホンザル地域個体群の遺伝的モニタリング法の検討
Examination of genetic monitoring method for the conservation of the local populations of the Japanese monkey

 生態系を保全し、生物の多様性を維持することは現代社会において重要な課題である。
 ニホンザルの場合、狩猟や有害駆除による捕殺や道路網の発達、宅地造成などによって生息地が分断・縮小され、地域個体群の孤立化や局所的絶滅が進行していると考えられている。
 これまで報告者は、中部山岳地方に生息している個体のミトコンドリアDNAのDループ超可変域、412塩基対をPCRで増幅し塩基配列の解読作業を実施してきた。今回の発表では、中部山岳地方の分析結果に加えて、今まで情報の少なかった、群馬県、栃木県(上信越地域個体群の東側地域および日光地域個体群)、新潟県(南奥羽・飯豊・朝日地域個体群)に生息している個体から試料を採取し同法にて塩基配列の解読を行った。その結果、観察されたハプロタイプは東北、北アルプス、西日本ですでに発見されているタイプか、もしくはそれに近いタイプであった。なかでも水上町、新治村に生息しているいくつかの群れは行動圏が隣接しているにもかかわらず、それぞれまったく別系統の東北と西日本のタイプであった。今回得られた結果は、将来、ニホンザルの保護管理遂行する上で重要な参考資料になると考えている。

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