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京都大学霊長類研究所 > 2008年度 シンポジウム・研究会 > 第9回ニホンザル研究セミナー・要旨 最終更新日:2008年5月2日

第9回ニホンザル研究セミナー

発表予稿

川添 達郎(京都大学大学院 理学研究科 人類進化論)

金華山のニホンザルオスの群を超えた社会性

ニホンザルのオスは、基本的には性成熟前後に出自群を離れ、単独、あるいはオスのみからなる小集団(オスグループ)を形成して生活するといわれている。さらにその後、群れに移入したオスも2〜3年で再び群れを離れることが指摘されており、オスには生涯出自群に留まるメスとは異なる存在様式や社会があることが示唆されてきた。現在ではオスの存在様式は中心オス、周辺オス(以上、群れオス)、群れ外オスに分類されるのが一般的であるが、研究者がその都度適当と思われる定義を用い分類を行っており、定量的な評価はなされていない。本研究では宮城県金華山島に生息する野生ニホンザルを対象として、オスの存在様式の多様性を量的に示すことを目的とした。また、そのような存在様式の多様性がオス同士の集団形成に与える影響を検討し、群れやオスの社会集団のあり方について考察する。調査は2008年1月から9月までの非交尾期に実施した。対象となるオスを個体追跡し、連続記録を行いながら5分間隔で瞬間スキャンサンプリングを行い、データ収集を行った。連続記録では近接個体名、近接とグルーミングの開始と終了時刻を記録し、スキャンサンプリングでは視界内にいる個体数、最近隣個体との距離を記録した。メスとの近接が多くグルーミングを行うオス、近接が少なくグルーミングを行わないオス、近接もグルーミングも行わないオスがおり、それぞれ従来の中心オス、周辺オス、群れ外オスに相当するものと考えられる。しかし、複数の群れのメスと近接するオスが確認されたり、周辺オスにも連続的な個体差が認められたりし、従来の分類ではオスの存在様式を十分には表せていないことが示唆された。一方でオス同士の近接やグルーミングは様々な個体間で観察され、オスグループのような交渉が頻繁に行われる組み合わせを認めることはできるが、オスとメスとの関係から得られるようなオスの存在様式の分類を行うことが困難であった。これはオスにとって、メスとの関係とオスとの関係が異なるものであり、オスにはメスとは異なる社会集団があることを示唆しているといえる。また。オス3個体の近接のパターンと継続時間から、ある特定の個体がいる時にのみ3個体での近接が見られまた継続時間も長くなることがあった。このことから、ある2個体の関係をより安定させるコネクターとしての役割を持つオスの存在が示唆される。このような2個体をより安定した関係に導くという機能によってオス同士のグループ形成が可能になることが考えられる。

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松岡 絵里子(京都大学霊長類研究所)

ニホンザルにおけるオトナオスとコドモの社会関係
Social relationship between adult males and yearlings in Japanese macaques

これまでのニホンザルにおける子どもの社会関係の研究は、子どもと母親との関係や子ども同士の関係についての研究に偏っており、子どもと母親以外のオトナとの関係に焦点を当てた研究は少なかった。しかし、子どもは群れという集団の中で生活しており、母親以外のオトナとも何らかの関わりをもっている。子どもの社会関係の全体像を捉えるためには、母親以外のオトナとの関係についても調べることが不可欠と考えられる。本研究では、特に子どもとオトナオスとの関係に着目して、定量的な研究を行った。観察方法は個体追跡法を用い、生後11ヶ月から16ヶ月までの子どもを観察した。オトナとの近接頻度と、オトナオスとの接近と離脱を調べた結果、子どもはオトナメスよりもオトナオスと有意に多く近接しており、その近接は子どもからの働きかけによることが分かった。これまでの子どもとオトナオスとの社会関係に関する研究は、オトナオスの利益に焦点が当てられてきたが、子どもからオトナオスに近寄っていくのならば、「オトナオスとの近接」は子どもにとって有利な効果があるのではないかと考えられる。そこで、子どもにとって有効な効果の一つとして、子どもが受ける攻撃との関係を調べた。その結果、オトナオスとの近接時間の多い子どもほど、攻撃を受ける頻度が低いことと、子どもがオトナオスと近接している時は、近接していない時に比べ、オトナメスや他の子どもから攻撃を受ける頻度が低いことがわかった。つまり、オトナオスとの近接によって、子どもは近接しているオトナオス以外の個体からの攻撃を回避できる、という可能性が示された。さらに、子どもは順位の高いオトナオスと近接する傾向があるが、攻撃頻度が高く自分が攻撃されやすい状況では、オトナオスへの接近を避けるなど、状況によって柔軟に近接の仕方を変えていることが明らかになった。

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原澤 牧子(京都大学霊長類研究所)

ニホンザルにおけるアカンボウ運搬行動に影響する要因

育児中の母親は、アカンボウの生存維持と、自分自身の生存維持および将来の繁殖のために、限られた資源である時間やエネルギーを分配しなければならない。しかし、どの程度まで育児に資源を費やすべきかは、状況によっても異なると考えられる。したがって、母親はその時々の状況に応じて育児投資の配分を変え、コストと利益のバランスを調整している可能性がある。本研究では、育児投資の中でも親にかかる物理的、エネルギー的な負担が大きなアカンボウ運搬行動に着目した。そして、この運搬行動に影響する物理的、社会的環境要因について検証した。

[方法] 幸島の野生ニホンザル主群において、2007年に出産したメス全6個体を対象に、個体追跡法による観察を行った。調査期間は2007年6月から2008年2月までとし、アカンボウがそれぞれ7、14、30、60、90、120、180-210日齢のときに、各齢各個体10時間以上を目安にデータを集めた。

[結果] 樹上か地上か、斜面が急峻か平坦かといった物理的な環境の違いは、アカンボウ運搬率に影響を与えなかった。母親が移動している時と比べると、採食時は運搬率が低かった。また、群れ内の敵対的交渉頻度が高い状況では、運搬率が高かった。給餌場面では、群れ内の攻撃性が非常に高まり、高い運搬率と高頻度の運搬拒否行動が示された。

[考察] 採食行動は、移動に比べて複雑な動作を必要とするうえ、母親の生存維持に直接的に関わることから、運搬によるコストがより大きいと考えられる。攻撃性が高い場面では、運搬によってアカンボウが他個体から攻撃されるリスクを回避している可能性が示唆された。給餌場面では、質の高い餌をめぐって採食競合が熾烈化するため、群れ内の攻撃性が増すと同時に、母親はより効率的な採食を要求される。そのため、母親にとってコストとリスクの両方が高くなり、葛藤が生じる場面になっていると考えることができる。

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松田 一希(北海道大学大学院 地球環境科学研究院 統合環境科学部門)

マレーシア・サバ州におけるテングザルの採食行動と遊動

ボルネオ島に固有種であるテングザルの研究は、今までほとんどなされてこなかった。その理由はテングザルがマングローブ林や泥炭湿地林といった、林内での行動観察が困難な足場の悪い地域に好んで生息しているためであった。このサルは日中を林内で過ごす代わりに、夕刻になると必ず川沿いの木に泊まるという特異な習性を持つことから、先の数少ない研究はテングザルが川岸に居る間の限られた時間に、ボートから行動観察を行うという手法が用いられてきた。しかし、予備調査を進めていくとテングザルは必ずしも林内での調査が困難な地域にのみ生息しているわけではないことがわかった。本研究では、林内までテングザルの追跡が可能な川辺林を選び、1年を通して彼らの林内における行動を観察することで、採食行動と遊動を明らかにすることを目的とした。

2005年5月〜2006年5月の間、マレーシア・サバ州のキナバタンガン川支流のマナングル川流域で調査を行った。我々はテングザルの単雄群を1群定め(オトナ♂1、オトナ♀6、コドモ5、アカンボウ4 計16頭)、人付けと個体識別をして、群れのオトナ・オスとメスを終日個体追跡した(06:00〜18:30)。  

個体追跡による総観察時間は3,507時間(オトナ♂: 1,968時間; オトナ♀: 1,539時間)となり、休息、採食、移動への時間割合配分は、76%、20%、4%であった。また、総採食時間の葉、果実、花への時間割合配分は66%、26%、8%で、合計188種の植物種に加えシロアリの巣が採食された。全体としてはテングザルの葉食性の強さが示されたが、月毎に採食内容の割合を見てみると果実の採食割合が若葉の採食割合を上回り、果実食性が非常に強い時期もあった。テングザルは、果実の中でも特に未熟なものを好み、さらに種子を好んで採食することが明らかになった。  

対象群は調査期間を通して138.3haの範囲を遊動し、最大で川岸から800m離れた場所を移動した。また、対象群は一日に約799m移動していることがわかり、各月ごとの移動距離の変動は果実のアベイラビリティーと負の相関を示すこともわかった。本研究より、テングザルの食性がかつて報告されていた倍以上の多様性を持ち、且つ葉食傾向が強いと考えられていたテングザルの行動を決める要素の一つとして、果実の採食が非常に重要な役割を果たしていることが示された。

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井上 英治(京都大学大学院 理学研究科 人類進化論)

霊長類における雄の繁殖成功と群れの血縁構造

本研究では、長期観察されているニホンザル、チンパンジーを対象に、DNA解析を用いて、父子判定と血縁判定を行ない、雄の繁殖成功と集団の血縁構造について明らかにした。

多くの動物で高順位雄の繁殖成功は低順位雄に比べて有意に高いが、ニホンザルでは必ずしもそうではない。そこで、嵐山E群を対象に父子判定を行ない、繁殖成功の高い雄の特徴を明らかにした。年齢、順位、在籍年数を説明変数にした回帰分析の結果、在籍年数の影響が強いことが判明し、在籍年数の短い雄が高い繁殖成功を得ていた。また、出産した雌は、受胎可能性の低い時期にのみ、在籍年数の高順位雄と交尾をしていたことから、これらの雄を父親に選んでいなかったことが示唆される。

チンパンジーでは高順位雄の繁殖成功は高いと考えられている。父系社会であることも考えると、雄間の血縁度は雌間より高いと予想される。遺伝解析の結果、第1位雄の繁殖成功は45%と高く、雄間の血縁度は雌間より有意に高かった。しかし、第1位雄以外の繁殖成功はあまり高くなく、多くの父系兄弟は第1位雄の子供に限定されるため、雄間の平均血縁度は低い値であった。これまでの研究をまとめた結果、雄間のペア中兄弟がいる割合は多くても20%であり、雄間の血縁度は必ずしも雌間より有意に高くならないことがわかった。集団内の協力行動の進化における血縁淘汰の影響は、限定的であると考えられる。母系社会ではオトナ雌間の血縁度は、オトナ雄間の血縁度より有意に高いとの報告がある。オトナ雌間における母子ペアの存在が影響している可能性がある。

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