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2001年度年報
目次
ニホンザル野外観察施設
渡邊邦夫(施設長併任)・室山泰之・足澤貞成1)
近年野生ニホンザルの人里への接近と農作物被害の増加が全国各地から報告されるようになり、日本固有種であるニホンザルの保護・管理に対する取り組みの必要性が指摘されている。このような情勢の中、本施設では、ニホンザル個体群や生息環境の変化を把握することが保護・管理を考える上で不可欠であるとの認識に立ち、基本的な生態学的資料を各地で継続的に収集する体制を整えることを長期的な目標として研究活動をおこなっている。また、野生ニホンザルの保護・管理にかかわる研究にも積極的に取り組んでいる。
昨年度に引き続き、各研究林でおこなわれている長期的な調査にスタッフができるだけ参加し、各地での研究活動の現況の把握に努めた。具体的には、下北半島でニホンザルの生息状況の把握と屋久島西部林道地域でのニホンザル生息調査がおこなわれた。また、保護・管理に直接かかわる活動としては、被害管理のための基礎的調査および実験、ニホンザル保護管理のためのマニュアル作成作業などがおこなわれた。
現在の施設運営は、下北・屋久島・幸島の3研究林・観察ステーションに重点をおいておこなっている。上信越・木曽研究林での研究活動については、保全生物学・野生動物管理学分野への取り組みとも相まって、将来の新たな形での再編成を模索している。
2000年度の各地ステーションの状況は、次の通りである。
↓幸島観察所 ↓下北研究林 ↓上信越研究林 ↓木曽研究林 ↓屋久島研究林
1.幸島観察所
幸島では昭和27年に餌付けが成功して以来、全個体識別に基づいた群れの長期継続観察が行われている。昨年度は1頭の死産が観察されただけだったこともあって、今年度は17頭の出産がみられた。内1頭が死亡したが、今年は島内の食物が豊富だったこともあって、それ以外の年長個体には死亡が認められなかった。平成13年3月31日時点での島内の総個体数は、マキグループの約10頭を含め108頭である。主群は今年も安定していたが、マキグループはトンボが群れをでたため再びヨタカがボスになった。すでに半世紀に及ぶ記録であり、今後もこうした記録は続けられるべきものであるが、京大博物館の展示等にも生かされる予定である。
今年度は生態機構分野の森による群れ離脱と身体発育との関係、マキグループの集団的まとまりに関する研究などが行われた。串間市の幸島管理検討会では社会教育について議論され、今年度は山口技官が撮りためていた写真を用いた写真展が串間市で開催された。写真展はその後市内の老人ホームや宮崎銀行、宮崎県立博物館などで開催する話に発展しており、大変好評であった。今後ともこうした企画を進めるとともに、さらにいっそう社会的な理解を得るための働きかけを進めることが話し合われている。
ここ数年島が地続きになることはなかったが、平成13年3月頃から島との間に砂がたまり、歩いていける状況が生まれてきている。これは島との間の防波堤がより大きなものに改造されたため、潮の流れが変わったことにもよっている。今後注意をしながら見守らなければならないであろう。
2.下北研究林
下北半島に生息するニホンザルはこれまで通り複数の調査グループによって調査が継続されている。今年度も足澤が中心となって西部海岸沿いの佐井村近辺の調査を行った。冬の調査ではM2C群、Y群、AR2群の3群が数日間行動を共にしたことが観察された。また今年度はブナのなり年であったため12月末になってようやく冬の食物であるヤマグワ新芽の採食が認められた。これはこれまでの中では、もっとも遅い記録である。その他、地域全体の個体群を把握するための作業が今年も継続して行われている。
下北半島全体のニホンザルを保護管理するための検討会が青森県の主導で組織され、渡邊が参加した。議論を通じて、下北のサル管理方法に関するマニュアルが作成された。脇野沢村では住宅に侵入するサルが問題になったが、マニュアルにのっとってきちんと個体の特定が行われ、その結果除去することとなった。この検討会には地域の町村が全て参加しており、今後日本各地でもうけられるであろうこうした検討会のひとつのモデルとなりうるものであった。野生鳥獣の保護管理は終わりのない作業であり、今後もこうした作業は続けられるであろう。
3.上信越研究林
上信越研究林は今年も人手不足から十分な調査が行えなかった。周辺の研究機関とも議論を重ねながら将来の方向性を探る必要がる。また上信越研究林のある長野県山ノ内町でも最近ニホンザルによる農作物被害が増加しているほか、発哺温泉周辺の旅館や公道上で餌をねだる群れもあると報告されている。長野県のニホンザル保護管理に関する特定計画事業が始まり、地域個体群全体を含んだ管理について慎重に検討してゆくべき段階といえるだろう。
4.木曽研究林
木曽研究林も人手不足から十分な調査が行なえなかった。この地域のニホンザルも人里への接近が顕著で何度となく捕獲されてきた経緯がある。人為的に継続して行われている集団捕獲が、野生ニホンザルの個体群にどのような影響を与えるのかを明らかにするためのフィールドとして、その経緯を追跡調査している。
5.屋久島研究林
屋久島研究林における研究活動は今年度も活発であった。上部域における採食生態学的研究(半谷:京大・人類進化論)、オスの繁殖成功度(早川:霊長研)、ヤクシマザルの遺伝的変異を指標とした集団構造の研究(早石:京大・人類進化論)、ヤクシマザルの発声行動(香田:京大・人類進化論)などをテーマとした研究がおこなわれた。また夏期には、David Hill(サセックス大)・揚妻(秋田経法大)によるコウモリ類の調査、好廣(龍谷大)らによる上部域での分布調査や杉浦(霊長研)などによる西部林道地域の個体群調査も継続されている。短期的に屋久島を訪れる研究者の数は多く、研究対象もサルやシカ、コウモリなどの哺乳類だけでなく、爬虫両棲類や植物など多岐にわたっており、今後も屋久島研究林とその周辺での研究活動は活発なことが予想される。昨年度から屋久島での研究活動を円滑にすることを目的とした屋久島研究連絡委員会が発足し、研究者間の調査内容や安全対策等についての情報交換と危機管理体制の整備を行なっている。
また、研究成果を社会に還元する事を目的とした教育普及活動も、引き続き活発に行われている。全国から大学生を募集し、屋久島でフィールド・ワークの基礎を体験する「第2回屋久島フィールドワーク講座」が昨年度に引き続き開催され、多くの研究者が講師を勤めた(主催:上屋久町、共催:京都大学霊長類研究所、京都大学生態学研究センター)。若手研究者が中心となった屋久島研究自然教育グループによって、地元住民を対象とした「スライド講演会」が今年度も開催された。
ステーションの運営については、多くの研究者に有効に利用してもらうためにルールの見なおしを実施した。今後も利用者たちと連絡をとりながら利用環境の整備等の改善を図る予定である。
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研究概要
A)ニホンザルの社会生態学的、とくに自然群の環境利用と個体群の構造に関する研究
渡邊邦夫・足澤貞成
ニホンザルの群れの連続した分布をゆるす環境で、遊動する群れが示す生活と社会環境をとらえ、生存に必要な条件をあきらかにするため、下北半島西部の地域個体数について継続的な調査を行っている。
B)野生ニホンザルの保護および全国のニホンザル個体群に関するデータベースの作成
渡邊邦夫・室山泰之
野生ニホンザル保護・管理のために、全国の野生ニホンザルに関するデーターベースの作成、古分布の復元、ニホンザルに関する文献目録の作成などを行っている。現在までに四国、九州をのぞく地域の分布状況が明らかになっており、今後これらの地域の情報を収集する予定である。
C)幸島のサルの生態学的社会学的研究
渡邊邦夫・山口直嗣2)・冠地富士男2)
従来からの継続として、ポピュレーション動態に関する資料を収集し、各月毎にほぼ全個体の体重を測定している。また集団内でおこった出来事や通年の変化について分析を進めている。
D)スラウェシ・マカク種間雑種の研究
渡邊邦夫
インドネシア・スラウェシ中部においてスラウェシ・マカク2種、トンケアン・マカクとヘック・モンキーの間の種間雑種の研究を行なった。
E)農地に依存するニホンザル集団の生態学的調査
室山泰之
農作物被害を引き起こしているニホンザルの複数集団を対象として、ラジオテレメトリー法を用いた基礎的な生態調査を三重県中部でおこなっている。
F)ニホンザルによる農作物被害に対する防除法の検討
室山泰之
特定の農作物に対する回避行動を形成する方法である嫌悪条件付けの実用化と、既存の防除法である電気柵や物理柵の効果測定および新しい防除技術の開発を目的として、研究所内で飼育されているニホンザルを対象に研究をおこなっている。
G)被害管理モデルの検討
室山泰之
被害発生に関係する要因を組み込んだモデルを作成し、被害管理システムの構築と実践を試みている。
H)下北半島に生息するニホンザル群の分裂と生息域の変動に関する研究
足澤貞成・渡邊邦夫
下北半島に生息するニホンザル群は、次々と分裂しながら生息域を拡大し続けている。その経過を追跡すると共に、どのような形で安定していくのかについて継続的な観察を続けている。
I)野生ニホンザルの性行動の研究
杉浦秀樹3)
金華山の野生ニホンザルを対象に妊娠期間の推定を行った。
J)野生ニホンザルの空間配置の研究
杉浦秀樹
金華山の野生ニホンザルを対象に,群の空間配置を調査した。
脚注:1)教務補佐員 2)文部技官 3)COE非常勤研究員
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研究業績
↓論文 ↓著書・総説−英文 ↓著書・総説−和文 ↓報告・その他 ↓分担執筆 ↓学会発表等・英文 ↓学会発表等・和文
論文
英文
- Goto, S., Takenaka, O., Watanabe, K., Hamada, Y., Kawamoto, Y., Watanabe, T., Suryobroto, B. & Sajuthi, D. (2001) Hematological values and parasite fauna in free-rangingMacaca hecki/M. tonkeana hybrid group of Sulawesi Island, Indonesia. Primates 42: 27-34.
- Muroyama, Y., Imae, H., & Okuda, K. (2000) Radio-tracking of a male Japanese macaque emigrated from its group. Primates 41: 349-354.
- Okamoto, K., Matsumura, S. & Watanabe, K. (2000) Life history and demography of wild moor macaques (Macaca maurus): a summary of ten years' observation. International Journal of Primatology 52:1-11.
- Sugiura, H., Saito, C., Sato, S., Agetsuma N., Takahashi H., Tanaka T., Furuichi T. & Takahata, Y. (2000) Variation in intergroup encounters in two populations of Japanese macaques. International Journal of Primatology 21(3):519-535.
- Takenaka, A., Matsumoto, Y., Nagaya, A., Watanabe, K., Gotoh, S., Suryobroto, B. & Takenaka, O. (2000) Plasma cholesterol levels in free-ranging macaques compared with Captive macaques and Humans. Primates 41: 299-309.
- Thierry, B., Bynum, E. V., Baker, S., Kinnaird, M. F., Matsumura, S., Muroyama, Y., O’Brien, T. G., Petit, O., & Watanabe, K. (2000) The social repertoire of Sulawesi macaques. Primate Research 16: 203-226.
著書・総説
英文
- Hirata, S., Watanabe, K. & Kawai, M. (2001) "Sweet-potato washing" revisited. Primate Origin of Human Cognition and Behavior (ed. by Matsuzawa, T.) pp. 487-508, Springer-Verlag, Tokyo.
- Muroyama, Y. (2001) Decision making in social interactions by monkeys. Primate Origin of Human Cognition and Behavior (ed. by Matsuzawa, T.) pp. 463-483, Springer-Verlag, Tokyo.
- Watanabe, K. (2001) A review of 50 years of research on the Japanese monkeys of Koshima: status and dominance. Primate Origin of Human Cognition and Behavior (ed. by Matsuzawa, T.) pp. 405-417, Springer-Verlag, Tokyo.
和文
- 室山泰之 (2000) 里のサルたち−新しい生活をはじめたニホンザル. 霊長類生態学−−環境と行動のダイナミズム−−. (杉山幸丸, 編著) pp. 225-247, 京都大学学術出版会.
- 室山泰之、大井徹 (2000) ニホンザルの感覚特性と被害防除への応用の可能性. 野生生物保護 5: 55-67.
- 渡邊邦夫 (2000) レッド・データ・アニマルズ 1巻 ユーラシア・北アメリカ編. 講談社(共同執筆).
- 渡邊邦夫 (2000) レッド・データ・アニマルズ 4巻 インド・インドシナ編. 講談社(共同執筆).
- 渡邊邦夫 (2000) レッド・データ・アニマルズ 5巻 東南アジアの島々編. 講談社(共同執筆).
- 渡邊邦夫 (2000) ニホンザルによる農作物被害と保護管理(ニホンザル保護管理のためのワーキンググループ, 編) p. 105, 東海大学出版会.
報告・その他
和文
- 足澤貞成 (2000) 下北のサルのこしかた,そして,ゆくすえ. 下北半島のサル1999年度調査報告書. (下北半島のサル調査会, 編) pp. 1-2.
- 足澤貞成 (2000) 今年のブナの稔りが豊作だ. Field Note 68: 13.
- 三戸幸久・渡邊邦夫・足澤貞成・赤座久明・林哲・金森正臣 (2000) 東海北陸地方のニホンザルの分布変遷. ワイルドライフフォーラム 6(2): 75-82.
- 室山泰之 (2000) 防除技術のレビューと実践. 神奈川県立博物館調査研究報告自然科学第10号「ニホンザルの今, 昔, 未来−野生動物との共存を考える−」: 37-39.
- 室山泰之 (2000) 三重県における野生ニホンザルの分布と保護・管理の現状. 神奈川県立博物館調査研究報告自然科学第10号「ニホンザルの今, 昔, 未来−野生動物との共存を考える−」: 17-20.
- 渡邊邦夫 (2000) 幸島を訪れた人とその研究:その5、華やかなりし頃. みやざきの自然 18: 92-103.
- 渡邊邦夫 (2000) ニホンザル研究者による保護活動. 神奈川県立博物館調査研究報告自然科学第10号「ニホンザルの今, 昔, 未来−野生動物との共存を考える−」: 45-50.
- 渡邊邦夫編集 (2000) 本州のニホンザル:現状と保護管理の問題点. (ニホンザル保護管理のためのワーキンググループ, 編) p. 97.
学会発表等
英文
- Muroyama, Y. & Watanabe, K. (2001) Distribution and management status of wild Japanese macaques (Macaca fuscata). XVIIIth Congress of the International Primatological Society Symposium ”Macaques as Pests” (Jan. 2001, Adelaide, Australia). Abstract p. 133.
- Muroyama, Y. & Watanabe, K. (2001) Present status of wild Japanese macaques (Macaca fuscata). International Workshop on Macaque Society and Evolution (Mar. 2001, Mysore, India). Abstract pp. 38-40.
和文
- 浅岡一雄、大蔵聡、室山泰之、濱田穣 (2000) 幸島のニホンザルにおける発育変化と環境依存性疾病の血液診断. 第16回日本霊長類学会大会 (2000年7月, 名古屋). 霊長類研究 16(3): 294.
- 室山泰之 (2000) ニホンザルにおける被害管理.東京大学海洋研究所共同利用シンポジウム「個体群管理の最前線=漁業管理, 害虫防除, 野生動物管理を貫く理論と実践」 (2000年12月, 東京). 講演要旨集 p. 9.
- 杉浦秀樹、斉藤千映美、藤田志歩 (2000) GPSを用いた野生ニホンザルの群れの広がりの推定. 第16回日本霊長類学会 (2000年7月, 名古屋). 霊長類研究 16(3): 268.
- 渡邊邦夫、室山泰之 (2000) 現在のニホンザル分布と保護管理の単位としての地域個体群:問題点の整理と検討. 第16回日本霊長類学会大会 (2000年7月, 名古屋). 霊長類研究 16(3): 286.
- 渡邊邦夫 (2000) ニホンザル保護管理マニュアルの概略. 中・大型獣の保護管理に関するワークショップ (2000年9月, 東京).
- 渡邊邦夫 (2000) 捕獲野生ニホンザルの実験利用問題. 第3回獣害対策学習会 (2000年11月, 京都府芦生).
- 渡邊邦夫 (2000) ニホンザルの生態的特徴と全国的動向. ニホンザルの保護管理に関する研修会 (2000年12月, 千葉県鴨川市).
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