京都大学霊長類研究所 >ニホンザル野外観察施設・研究業績 >2000年度年報
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近年野生ニホンザルの人里への接近と農作物被害の増加が全国各地から報告されるようになり、日本固有種であるニホンザルの保護・管理に対する取り組みの必要性が指摘されている。このような情勢の中、本施設では、ニホンザル個体群や生息環境の変化を把握することが保護・管理を考える上で不可欠であるとの認識に立ち、基本的な生態学的資料を各地で継続的に収集する体制を整えることを長期的な目標として研究活動をおこなっている。また、野生ニホンザルの保護・管理にかかわる研究にも積極的に取り組んでいる。
今年度は各研究林でおこなわれている長期的な調査にスタッフが積極的に参加し、各地での研究活動の現況の把握に努めた。具体的には、下北半島でニホンザルの生息状況の把握、屋久島上部域および西部林道地域でのニホンザル生息調査、血液採集・身体計測等を目的とした幸島での一斉捕獲調査への参加がおこなわれた。また、保護・管理に直接かかわる活動としては、被害管理のための基礎的調査および実験、ニホンザル保護管理のためのマニュアル作成作業などがおこなわれた。
現在の施設運営は、下北・屋久島・幸島の3研究林・観察ステーションに重点をおいておこなっている。上信越・木曽研究林での研究活動については、保全生物学・野生動物管理学分野への取り組みとも相まって、将来の新たな形での再編成を模索している。
1999年度の各地ステーションの状況は、次の通りである。
↓幸島観察所 ↓下北研究林 ↓上信越研究林 ↓木曽研究林 ↓屋久島研究林
幸島では1952年に餌付けが成功して以来、全個体識別に基づいた群れの長期継続観察が行われている。1998年には16頭もの出産があったが、1999年は1頭の死産が観察されただけであった。年内に6頭の死亡があり、平成12年3月末の時点での総個体数は、マキグループの約10頭を含め、92頭である。主群、マキグループ共に第1位オスの座を獲得したケムシとトンボがその地位を守り、群れは安定した状態を保っている。しかし幸島の群れが1952年に餌付いて以来、半世紀にわたって続いてきた6つの母系グループのうち、アオメの家系にはすでにメスが1頭もいなくなり、家系としては消滅することが確定した。そのほか、ハラジロやナミ、ノリの家系も各2頭しかメスがいない状態になっている。隆盛を誇るエバ家系の中でも、メスガシラであったサンゴの家系以外には全てメスが残っていない。こうした状況から、長期的にどういう条件がメスの繁殖成功度にかかわっているのかが分析された。
今年度は生態機構分野の森によってメスザルの繁殖遅延の研究が行われた。また平成12年2月21日から23日にかけて、身体計測、採血、レントゲン撮影等を目的とした一斉捕獲調査が行なわれた。前回の捕獲時以降に生まれたオス個体には識別のための入れ墨が施された。今年度は2頭が原因は分からないが、腕や足を骨折しているのが確認された。島に渡る釣り人とのトラブルがあったのではないかと推測され、善後策について串間市の幸島サル検討会で検討された。また島内の整備や保全策についての検討が行われ、串間市寿学園で渡邊が講演を行なったほか、地域住民の理解を得るための方策が話し合われた。
下北半島に生息するニホンザル個体群の動向は、これまで複数の調査グループによって把握されてきた。具体的には下北野生生物研究所が下北半島北部を中心とした調査を、松岡を中心とした下北サル調査会が南西部のサルを、そして鈴木延夫(北大・文)等が北西部域のサルを、青森県が南西部のサルを中心とした調査を継続して行っている。下北研究林は、半島内のサルの生息する地域全体を含むものとして設定されているが、調査が広範囲になるにつれ全体的な把握は容易ではなくなってきており、これらの調査グループと連携をとりあいながら地域全体の状況を把握する必要が生じてきている。
このような現状をふまえ、足澤が中心となって、今年度は12月と3月に下北半島に生息するニホンザルの群れ数、総個体数、分布域に関する一斉調査をおこなった。その結果、群れの数は20群、総個体数は約800頭、分布域は410kuと推定された。下北研究林が設定された1970年頃に比べ、群れ数は3倍、総個体数は4倍、分布域は7倍に増えていることが判明した。分布に関しては、長谷部言人の行なった1923年当時の分布と重なる状態にまで回復した。本年度の調査は87名という多くの参加者を得て成功を収めたが、今後どのように調査を継続してゆくかが重要な課題となっている。
上信越研究林は今年も人手不足から十分な調査が行なえなかった。周辺の研究機関とも議論を重ねながら将来の方向性を探る必要があり、信州大学等の若干の教官と意見の交換が行われた。また上信越研究林のある長野県山ノ内町でも最近ニホンザルによる農作物被害が増加しているほか、発哺温泉周辺の旅館や公道上で餌をねだる群れもある。長野県のニホンザル保護管理に関する特定計画事業が始まることもあり、地域個体群全体への目配りが必要になってきている。
木曽研究林も人手不足から十分な調査が行なえなかった。この地域のニホンザルも人里への接近が顕著で何度となく捕獲されてきた経緯がある。人為的に継続して行われている集団捕獲が、野生ニホンザルの個体群にどのような影響を与えるのかを明らかにするためのフィールドとして、その経緯を追跡調査している。
屋久島研究林における研究活動は今年度も活発であった。上部域における採食生態学的研究(半谷:京大・人類進化論)、繁殖期のメスの採食と交尾行動の関係(松原:霊長研)、オスの繁殖成功度(早川:霊長研)、オスの交尾戦略としてのマスターベーション(Ruth Thomsen:LM-University of Munich)、ヤクシマザルの遺伝的変異を指標とした集団構造の研究(早石:京大・人類進化論)などをテーマとした研究がおこなわれた。また夏期には,David Hillによるコウモリ類の調査、揚妻(秋田経法大)による西部林道地域のシカの個体数調査、好廣(龍谷大)らによる上部域での分布調査や杉浦(霊長研)などによる西部林道地域の個体群調査も継続されている。短期的に屋久島を訪れる研究者の数は多く、関連分野以外まではその実数を把握しきれないほどである。今後も屋久島研究林とその周辺での研究活動は活発なことが予想される。
また、研究成果を社会に還元する事を目的とした、教育普及活動も活発に行われている。全国から大学生を募集し、屋久島でフィールド・ワークの基礎を体験する「屋久島フィールドワーク講座」が開催され、多くの研究者が講師を勤めた(主催:上屋久町、共催:京都大学霊長類研究所,京都大学生態学研究センター)。そのほか、若手研究者が中心となり、地元住民を対象とした「スライド講演会」を屋久島の7カ所の公民館でおこなった(屋久島研究自然教育グループ)。
昨年度から長期滞在者の協力を得てはじめた屋久島ステーションの管理運営は、なんとか軌道に乗りはじめている。今後も利用する研究者たちと連絡をとりながら、できるだけ多くの人にとって使いやすいステーションにしてゆく予定である。
ニホンザルの群れの連続した分布をゆるす環境で、遊動する群れが示す生活と社会環境をとらえ、生存に必要な条件をあきらかにするため、下北半島西部の地域個体数について継続的な調査を行っている。
野生ニホンザル保護・管理のために,全国の野生ニホンザルに関するデーターベースの作成、古分布の復元、ニホンザルに関する文献目録の作成などを行っている。現在までに四国、九州をのぞく地域の分布状況が明らかになっており、今後これらの地域の情報を収集する予定である。
従来からの継続として、ポピュレーション動態に関する資料を収集し、各月毎にほぼ全個体の体重を測定している。また集団内でおこった出来事や通年の変化について分析を進めている。
熱帯林の保護と持続的な活用、また未知の有用資源を探る目的で、インドネシアでの現地調査を行った。
農作物被害を引き起こしている複数集団を対象として、おもにラジオテレメトリー法を用いた基礎的な生態調査を三重県中部でおこなっている。
特定の農作物に対する回避行動を形成する方法である嫌悪条件付けの実用化と、既存の防除法である電気柵や物理柵の効果測定および新しい防除技術の開発を目的として、研究所内で飼育されているニホンザルを対象に研究をおこなっている。
被害発生に関係する要因を組み込んだモデルを作成し、被害管理システムの構築と実践を試みている。
下北半島に生息するニホンザル群は、次々と分裂しながら生息域を拡大し続けている。その経過を追跡すると共に、どのような形で安定していくのかについて継続的な観察を続けている。今年度は、下北半島全体の生息状況を把握するために、足澤が中心となってこれまで各地域で調査を重ねてきたグループが協力し、12月と翌3月に全分布域の一斉調査をおこなった。
脚注:1)教務補佐員 2)文部技官
このページの問合せ先:京都大学霊長類研究所 ニホンザル野外観察施設 渡邊邦夫