京都大学霊長類研究所 >ニホンザル野外観察施設・研究業績 >1999年度年報
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本施設の運営は、上記3教官のほか、鈴木晃(社会構造分野)の協力を得て進められた。近年、野生ニホンザルの人里への接近と、農作物被害の増加が全国各地から報告されるようになった。一方で日本固有種であるニホンザルの保護管理学、あるいは保全生物学の分野をより充実させるべきだとの、社会的な要請も強くなっている。こうした状況の変化にあわせて、本施設の研究内容も少しずつ変わってきている。すなわち、各地研究林、観察ステーションを維持し、基本的な生態学的資料の収集を続け、長期継続観察研究の基盤整備をするという本来の活動を行いながらも、それに加えて野生ニホンザルの保全生物学的な研究、およびその拠点としての活動にも積極的に取り組んでいる。今年度も具体的には、「西日本ニホンザル・フォーラム」の開催、本州各地野生ニホンザル分布情報のとりまとめ、福井県等で行われようとした野生ニホンザルへの避妊処置導入問題の検討と撤回要請、鳥獣保護法改正をめぐる問題点の検討などが行われた。
今年度は財政構造改革法による15%予算削減という、非常に苦しい状況の下での運営を強いられた。施設運営にかかわる経費は設立当時から全く変わらないままであり、これまでも実質的には目減りするばかりであった。人的な補充もままならず、徐々に5ヶ所の研究林、観察ステーションの運営そのものが苦しくなってきていることは否めない。こうした現状認識から、下北・屋久島・幸島の3研究林・観察ステーションにより重点をおいた運営を行っている。そのため上信越・木曽研究林での研究活動がややなおざりにされがちであるが、上記した保全生物学分野への取り組みとも相まって、将来の新たな形での再編成を模索している。
1998年度の各地ステーションの状況は、次の通りである。
↓幸島観察所 ↓下北研究林 ↓上信越研究林 ↓木曽研究林 ↓屋久島研究林
幸島では昭和27年に餌付けが成功して以来、全個体識別に基づいた群れの長期継続観察が行われている。平成11年1月になって、5代目ボス・ノソが31才で死亡した。これは幸島で確認された最長寿記録である。それにともなって20才になるケムシが6代目ボスになった。昨年の秋から冬にかけて島内の自然食物が豊かだったためか、16頭(オス7、メス9)もの出産があり、内5頭(オス1、メス4)が年内に死亡した。他にノソを含めて6頭(オス2、メス4)の死亡があり、平成11年3月の時点での島内の個体数は、マキグループ約10頭を含め98頭である。今年の冬、マキグループのボスもヨタカからトンボに変わり、また主群からメスのナス(9才)が移籍しているのが確認された。その意味では、社会的変動の激しい1年であった。
ここ数年は島との間にできた船だまりの方に砂が溜まるせいか、島は地続きになることが少なくなっている。その意味では安定した管理が行いやすい状態にあるが、釣り客の増加により、餌となるオキアミを食う個体が増えており、その中に含まれる防腐剤等の影響が心配されている。「幸島猿生息地保護対策検討委員会」が文化庁の指導の下に開かれており、継続的に幸島の保全策が議論されている。また島内の宿泊施設が老朽化してきたため、なんらかの補修が必要になってきている。毎年、少しずつ宿泊施設の方に押し出してくる砂の蓄積も問題だが、いずれも根本的な解決策は見いだせないでいる。今年度は森(生態機構分野)によってマキグループのグルーピングのありかたが調査された。
昨年度、下北半島北西部の群れが南下して、南西部域のサルと分布を接するようになり、二つの個体群が合して一体となったことが確認されている。南西部からの南下は、これまで調査されてきている下北-Z群の分裂によるものだが、その後の経緯が今年度も継続観察の対象となった。今年の冬の調査では、佐井村内に下北-Z1、-Z2、-Z1aの3群を確認し追跡することができた。これらの群れは、その遊動パターンや群れの構成等々、まだそれぞれに安定した状態にはいたっていないように思えた。佐井村内には、それ以外にも下北-Y群が存在することが知られており、今後これらの群れがどのように変わっていくのか、特に南西部の群れとの関係でどのような関係を作り上げるのかが、注目されている。
今年度も下北野生生物研究所が、下北半島北部を中心とした調査を精力的に進めている。また松岡(脇野沢村在住)を中心とした下北サル調査会が南西部のサルを、そして鈴木延夫(北大・文)等が北西部域のサルを、青森県が南西部のサルを中心とした調査を継続して行っている。下北研究林は、半島内のサルのすむ地域全体を含むものとして設定されているが、全体的な把握は容易ではなくなってきている。こうした数多くの調査チームと連携をとりあいながら、継続して地域全体のニホンザルについて把握していきたい。
上信越研究林は今年も人手不足から十分な調査が行えていない。また山本氏の死去により、観察小屋の維持管理がやや難かしくなっている。外壁や、屋根の庇部分に多少傷んできた部分があり、今後どのように維持し活用していくのか、検討を重ねている段階である。もう一つ調査が難しい理由は、オリンピック関連の諸工事が多かったせいもあって、観察小屋周辺の環境が大きく変わり、近くに野生群を見いだしにくい状況になっているためである。周辺の研究機関とも議論を重ねながら、将来の方向性を探っている。
木曽研究林も、昨年同様十分な調査が行えなかった。この地域のニホンザルも人里への接近が顕著で、何度となく捕獲されてきた経緯がある。人為的に継続して行われている集団捕獲が、野生ニホンザルの個体群にどのような影響を与えるのかを明らかにするためのフィールドとして、その経緯を追跡調査している。
屋久島研究林における研究活動は今年度も活発で、採食の性差・年齢差(山極・半谷:京大・人類進化論)、繁殖期のメスの採食と交尾行動の関係(松原:霊長研)、オスの繁殖成功度(早川:霊長研)、交尾戦略の行動遺伝学的解析(Soltis:霊長研)などのテーマの研究がおこなわれた。また,David Hillによるコウモリ類の調査、Peterによる種子散布の研究などが行われ、好廣(龍谷大)らによる高地山岳部での分布調査や古市(明治学院大)などによる調査も継続されている。さらに短期間、屋久島を訪れる研究者の数はかなりの数にのぼり、関連分野以外まではその実数を把握しきれない状態である。また今夏は、生態学研究センターが中心になった第4回西太平洋アジア国際野外生物学コースが開催されるなど、屋久島研究林とその周辺での研究活動に対する期待は非常に高まっている。
そうした中、屋久島観察ステーションは無人であるため、管理運営を如何に全ての人が守れる、納得のいく方法として確立してゆけるかが問題になっていたが、今年度は長期滞在者らの協力を得て、なんとか新しいルールをスタートさせることができた。経常経費以外に多少の予算的裏付けも得られたことから、観察ステーションの研究条件改善のための作業を行うことができた。今後も、利用する研究者たちと連絡をとりながら、できるだけ多くの人にとって使いやすいものにしていきたい。
ニホンザルの群れの連続した分布をゆるす環境で、遊動する群れが示す生活と社会環境をとらえ、生存に必要な条件をあきらかにするため、屋久島と下北半島西部の地域個体数について継続的な調査を行っている。
「西日本ニホンザルフォーラム」参加者らと協力して、野生ニホンザル保護のための方策を模索している。その一環として全国の野生ニホンザルに関するデーターベースの作成、古分布の復元、ニホンザルに関する文献目録の作成などを行っている。
従来からの継続として、ポピュレーション動態に関する資料を収集し、各月毎にほぼ全個体の体重を測定している。また集団内でおこったトピカルな出来事や通年の変化について分析を進めている。
熱帯林の保護と持続的な活用、また未知の有用資源を探る目的で、インドネシアでの現地調査を行った。
三重県に生息する、農作物に対する被害を引き起こしている複数集団を対象として、おもにラジオテレメトリー法を用いた基礎的な生態調査をおこなっている。
特定の農作物に対する回避行動を形成する方法である嫌悪条件付けの実用化と、既存の防除法である電気柵や物理柵の効果測定、および新しい防除技術の開発を目的として、研究所内で飼育されているニホンザルを対象に研究をおこなっている。
下北半島に生息するニホンザル群は、次々と分裂しながら、生息域を拡大し続けている。その経過を追跡すると共に、どのような形で安定していくのかについて、継続的な観察を続けている。
脚注:1)平成11年1月1日赴任 2)教務補佐員 3)文部技官
このページの問合せ先:京都大学霊長類研究所 ニホンザル野外観察施設 渡邊邦夫