研究こぼれ話 岡山県の厩猿(うまやざる)探しアニマルロア(動物をめぐる民俗学研究)の提唱者である廣瀬鎮先生の著作には『厩猿』(うまやざる)の話がよく登場します(「猿」,法政大学出版局,1979;「アニマルロアの提唱」,未來社,1984;「猿と日本人」,第一書房,1988)。東北地方には『曲がり家』、中国地方には『内マヤ』と呼ばれる家の造りがありました。玄関を入ると土間を挟んで人と牛や馬が同じ屋根の下に暮らすという生活です。寝起きを共にする家畜の安産や無病息災を願って柱や梁にサルを祀る(まつる)風習が『厩猿』信仰だといわれています。いつの時代から広まり、どのように生活に浸透したのか、わかりません。 中村民彦さん(京都大学霊長類研究所共同利用研究員)と三戸幸久さん(NPO法人ニホンザルフィールドステーション)が長年にわたり東北地方で『厩猿』を記録しています。また、九州地方では藤井尚教さん(尚絅大学)が『厩猿』と河童伝説の関係を調べています。 『厩猿』は昔の牛馬の産地と関係が深く、サルの頭蓋骨や手を箱に納めたり、縄で吊るしたり、釘で打ち付ける形で信仰のなごりを今にとどめています。現代の家ではケモノとの暮らしは変わり、イヌやネコなどのペットたちと私たちの関係は牛馬が生活に大事だった時代とは違います。
トヨタ財団が呼びかけた「くらしといのちの豊かさを求めて」という研究テーマに応募し、一昨年から援助をいただいて『厩猿』を調査しています。昨年おこなったアンケート調査から、『厩猿』信仰に関係した"地域差"の一端が見えてきました(詳しくは本ホームページの関連記事「ニホンザル史調査会」のアンケート報告をごらんください)。今でも『厩猿』が残ることがわかった地域は東北地方北部、中国地方、紀伊半島、九州地方の一部です。民俗学者の野本寛一先生は四国地方の例も報告されています(「軒端の民俗学」,白水社,1989)。中村民彦さん、三戸幸久さん、黒澤弥悦さん(奥州市牛の博物館)による東北地方の現地調査ではこれまでに60体以上の存在が確認されています。 2008年6月に初めて岡山県で『厩猿』を探し、真庭郡の牛舎で2体を発見しました(写真参照)。東北地方に多い頭蓋骨を箱に祀る形でしたが、持ち主は『厩猿』のいわれをご存知でなく、この信仰が今まさに日本から消えつつあることを実感しました。 岡山で初めて目にした『厩猿』は秋田や岩手の『厩猿』に似ており、遠く離れた東北地方と同じような信仰があったことがわかりました。牛と草の匂いがあふれる小屋には2匹のメスザルが祀られ、無言で私たちに強いインパクトを与えてくれました。牛馬が家族同様だった時代を想像しながら、なぜサルが祀られるようになったのか、いつ頃広まったのか、なぜ頭蓋骨や手(多くが左手)を祀るのか、誰がどこからサルを供給したのか、たくさんの疑問が頭を巡りました。中国山地の調査はこれからも続けます。興味のある方、情報をお持ちの方がみえましたら、お知らせいただけるとありがたいです。
文責 川本 芳 2008.7.18 |