■ 研究論文の紹介

Comparative morphology of the hyo-laryngeal complex in anthropoids: two steps in the evolution of the descent of the larynx

Takeshi Nishimura

Primates 44(1), 41-49 (2003)


真猿類における舌骨・喉頭器官系の比較形態学: 喉頭下降二段階進化

西村剛

京都大学霊長類研究所

ヒトは、一息の短い間でも多数の音素を連続的に発することができ、話しことばを交わしています。このような音声を発するには、喉の奥の空間である咽頭腔が口腔と同じ程度の長さである必要があると考えられています。しかし、ヒトの乳幼児の咽頭腔は他の霊長類同様に短いのですが、ヒトでは生後9歳頃までに、喉頭(声帯を含む器官)の位置が首に沿って急激に下がり、永井咽頭腔が発達します。この喉頭下降現象は、ヒト特有と考えられてきました。解剖学的には、喉頭の上にある舌骨に対する喉頭の下降と、口蓋に対する舌骨の下降の二つの成長現象からなっています。本研究では、財団法人日本モンキーセンター(愛知県犬山市)などに所蔵されているヒトを含む真猿類18属32種の舌骨・喉頭液浸標本50体を用いて、舌骨と喉頭の位置関係について、解剖学的に分析しました。その結果、類人猿では、ヒトと同様に舌骨と喉頭が離れて、それぞれの運動が互いに独立的であるのに対して、それ以外の真猿類では、舌骨と喉頭が筋や靱帯で固く結ばれて近接していることを明らかにしました。この結果は、喉頭下降現象のうち、舌骨に対する喉頭の下降は、ヒトのみならず類人猿でも起こっていることを示唆します。おそらく、この下降現象は、嚥下運動の成長変化(母乳の飲み下しから食物の飲み込みへの変化)と関連して進化したと考えられます。これらの議論より、これまでヒト系統で話しことばに関連して表れたと考えられてきた喉頭下降現象の一部は、すでに現生類人猿の共通祖先で嚥下運動の進化に関連して表れたとする「喉頭下降二段階進化」仮説を提起しました。

(2004年日本霊長類学会高島賞受賞対象論文)