■ 研究論文の紹介

Descent of the larynx in chimpanzee infants

Takeshi Nishimura, Akichika Mikami, Juri Suzuki & Tetsuro Matsuzawa

Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 100(12), 6930-6933 (2003)


チンパンジー乳幼児の喉頭下降

西村剛・三上章允・鈴木樹理・松沢哲郎

京都大学霊長類研究所

ヒトでは、生後まもなくから9歳ころにかけて、喉頭(声帯;のどぼとけのあるあたり)の位置が首に沿って下がり、のどの奥の空間(咽頭腔)が広くなります。この喉頭下降現象により、一息の中で複数の音素を連続的にすばやく発することができるようになり、話しことばが発達します。本研究では、京都大学霊長類研究所のチンパンジーの乳幼児3個体(アユム、クレオ、パル)を対象に、磁気共鳴画像法(MRI)を用いて、4ヶ月から2歳齢まで定期的に頭頚部の断層画像を撮像し、声道(唇から声帯までの空間)形状の成長過程を分析しました。分析の結果、チンパンジーでも、乳幼児期にはヒトの乳幼児期にみられるのと同程度の喉頭下降が起こっていることを示しました。しかし、ヒトでは喉頭下降は2つのメカニズムにより起こりますが、このチンパンジー乳幼児の下降にはそのうち一つのメカニズムしか寄与していませんでした。ただし、この下降にともなって、飲み込み方の成長変化がおき、話しことばに必要な運動能力の一部(構音と発声の独立性)が獲得されると考えられます。従来、これら話しことばに関係する進化は、“ヒト系統で”“一度に”起こったと考えられてきました。本研究の成果は、それらの一部は少なくともヒトとチンパンジーの系統が分岐する以前に起きていたことを示唆しています。おそらく、話しことばは、ヒト化以前に起こったそのような前適応的な進化がモザイク的に組み合わさって、ヒト系統のどこかで起源したのでしょう。このように、本研究の成果は、従来の話しことばの進化観を変えるとともに、その起源の解明を目指す研究に新たな道を開くものと期待されます。

◆本論文の内容は、朝日新聞(大阪)、毎日新聞(中部)、岐阜新聞、NHK(関西)等で報道され、時事通信社と共同通信社から配信されました。また、Scientific American.comや海外メディアでも報道されました。

(2004年日本霊長類学会高島賞受賞対象論文)