■ 研究論文の紹介

Reassessment of Dolichopithecus (Kanagawapithecus) leptopostorbitalis, a colobine monkey from the Late Pliocene of Japan

Takeshi D. Nishimura, Masanaru Takai, Brigitte Senut, Hajime Taru, Evgeny N. Maschenko, Abel Prieur

Journal of Human Evolution 62(4), 548-561 (2012)


後期鮮新世日本産のコロブスDolichopithecus (Kanagawapithecus) leptopostorbitalisの再検討

西村剛*・高井正成*・ブリジット スニュー・樽創・エフゲニー N. マシェンコ§・アベル プリエール

*京都大学霊長類研究所
フランス・パリ国立自然史博物館地球史部門
神奈川県立生命の星・地球博物館
§ロシア科学アカデミー・古生物学研究所
フランス・リヨン第一大学地質学コレクション

神奈川県愛川町にある中津層群神沢層(290->250万年前)から産出した化石コロブス標本(中津標本)を、CTなどを使って再検討し、新属カナガワピテクスKanagawapithecusとして告しました。日本産のサル類化石では初めての独立した属の新設です。現在、コロブス類はアフリカと中国中南部から東南アジア、西アジアにかけて広く分布していますが、カナガワピテクスはそれらとは系統的関係のない独立した絶滅種であったと考えられます。中津標本は、1991年に小泉明裕氏により発見された、ひじょうに保存状態のよいコロブス化石です。2005年に岩本光雄氏(元日本モンキーセンター所長、京大名誉教授)と長谷川善和氏(現群馬県立自然史博物館名誉館長)、小泉氏により、ヨーロッパで産出するドリコピテクスDolichopithecusの新亜属、新種として正式に記載報告されました。同時代のアジアからは、バイカル湖周辺からパラプレスバイティスParapresbytisや中国からキンシコウRhinopithecusの化石が産出しますが、外表形態の特徴から、それらアジア産よりヨーロッパ産化石属に含められました。近年、化石研究の世界でもCTスキャンが多用されるようになり、非破壊的に化石の内部構造を可視化し、比較分析が可能となりました。本研究では、中津標本とフランス産Dolichopithecus頭蓋骨3標本をCTスキャンし、主として上顎洞という鼻腔に隣接する空洞の有無を検討しました。中津標本にはコロブスでは珍しい大きな上顎洞がありましたが、フランス産標本のいずれにもその存在を支持する証拠は見つかりませんでした。その他の形態学的特徴も含めて比較検討し、中津標本は独立した属とすべきと結論し、それまでの亜属名Kanagawapithecusを属名としました。化石コロブス類ではアフリカ産2属が上顎洞を有することが知られています。カナガワピテクスはそれらアフリカ産化石と近縁であるかのようにも考えられますが、外表形態を含む他の形態学的特徴は、むしろ、上記のドリコピテクスとの近縁を支持します。ただし、現生コロブス類のすべてで上顎洞がないので、カナガワピテクスは現生アジア産コロブスとの祖先子孫関係はなく、独立した絶滅種であったのかもしれません。