■ 研究論文の紹介

Development of the laryngeal air sac in chimpanzees.

Takeshi Nishimura, Akichika Mikami, Juri Suzuki & Tetsuro Matsuzawa

International Journal of Primatology 28(2), 483-492 (2007)


チンパンジーの喉頭嚢の成長

西村剛*・三上章允・鈴木樹理・松沢哲郎

*京都大学大学院理学研究科動物学教室自然人類学研究室
京都大学霊長類研究所

多くの霊長類では、喉頭付近に開口する喉頭嚢という気嚢があります。大型類人猿は、霊長類の中でも特に大きな喉頭嚢を持っており、頚部を経て胸部、わきの下、背中まで達するものもあります。このような巨大な喉頭嚢は他の霊長類ではみられません。また、ヒトでは喉頭嚢そのものがありません。大型類人猿における巨大な喉頭嚢がなぜ進化したのか、またヒト系統でなぜ消失したのかは、いまだによくわかっていません。本研究では、2000年に京都大学霊長類研究所(愛知県犬山市)で生まれたチンパンジー3個体を対象に、その頚部を磁気共鳴画像法(MRI)で撮像し、喉頭嚢の成長変化を分析しました。すべての個体で、乳幼児期初期には、他の霊長類にみられるサイズまでに成長していました。乳幼児後期以後、チンパンジーの喉頭嚢は、それ以前に比べて急速に伸長し、胸部やわきの下へと広がりました。おそらく、この急速な伸長現象は大型類人猿の共通祖先系統で進化し、彼らの巨大な喉頭嚢が発達したと考えられます。この研究成果から、その急速な伸長が始まる乳幼児期後期に起こる呼吸や嚥下機能の成長変化が、大型類人猿の巨大な喉頭嚢の進化的適応を考える上で重要な示唆を与えることが示されました。