■ 研究論文の紹介

Development of the supralaryngeal vocal tract in Japanese macaques: Implications for the evolution of the descent of the larynx

Takeshi Nishimura, Takao Oishi, Juri Suzuki, Keiji Matsuda & Toshimitsu Takahashi

American Journal of Physical Anthropology 135(2), 182-194 (2008)


ニホンザルにおける上喉頭声道の発達: 喉頭下降現象の進化に対する示唆

西村剛*、大石高生、鈴木樹理、松田圭司、高橋俊光§

*京都大学大学院理学研究科動物学教室自然人類学研究室
京都大学霊長類研究所
産業技術総合研究所脳神経情報研究部門
§順天堂大学医学部生理学第一講座

私たちは、0から2歳までのニホンザルMacaca fuscataを対象に、定期的に頭頚部の磁気共鳴画像法(MRI)撮像を行い、喉頭下降現象を含む声道形状がどのように発達するのかを明らかにしました。声道は、唇から喉にある声帯までの空間のことで、声帯振動で作られる音源を共鳴させて実際に聞こえる音声を作りだすところです。ヒトでは、生後まもなくから9歳ころにかけて、声帯を含む喉頭器官の位置が下がり、のどの奥の空間(咽頭腔)が長くなる一方、顔面は平らなままで口腔があまり伸びません。これらの発達変化により、ヒトのオトナは、一息の短い間でも複数の音を連続的にすばやく発することができるようになります。西村を含む別の研究チームは、今回と同様の方法で、チンパンジー(アユム、クレオ、パル)でヒトと同様の喉頭下降を確認する一方で、口腔の伸びの相違を明らかにしその形態進化が話しことばの進化にとってより重要であると指摘しました。本研究では、さらにニホンザルにおいて、ヒトにみられる喉頭下降の一部を確認しました。これは、いわゆる「喉頭下降現象」がヒト・チンパンジーの共通祖先で一つのパッケージとして現れたのではなく、霊長類の系統進化の過程で複数回(少なくとも2回)の別々の形態進化の積み重ねで完成したことを強く示唆します。おそらく、それぞれの形態進化は、異なった機能適応を経て進化したのでしょう。ヒトの話しことばに関わる生物学的基盤はヒト系統で一つのパッケージとして突然現れたように考えられがちでした。しかし、本報告を含むこれまでのチンパンジー・ニホンザルのMRI研究により、それら個々の基盤は、話しことばとは関係なく、長い霊長類、哺乳類の進化の中でモザイク的に進化したと考えられます。