孤立個体群の現状分析と
生息地の維持・回復のための生態学的・社会学的研究

 研究計画

 近年の霊長類の保護に関する国際的なシンポジウムやワークショップでは、孤立個体群の保護の重要性がしばしば主張されている。とくにアジア・アフリカの大型類人猿では、保護活動の対象としてあげられる個体群の多くが孤立個体群だと言っても過言ではなく、それらのうち、どの個体群を「優先的に守るべき個体群(プライオリティ・ポピュレーション)」に選んで人的・資金的投資を行うかといったことが議論されている。しかしながら、各地に残る地域個体群に関する情報は、うまく集約されているとはいえない。日本では、各地のニホンザル個体群について、地元の行政やNGO、アマチュア研究者などの独自の調査による膨大な資料が蓄積されているが、それらを統合したデータベースのようなものは存在しない。海外の霊長類については、研究者をはじめ、IUCNWWFWCSなどの国際的な保護関係のNGOが独自の調査や情報収集を進めているが、それら相互の情報交換は乏しい。

 
野生チンパンジー遊動域内での焼畑
(ギニア共和国 ・ ボッソウ保護区) 

 これら保護関係のNGOと直接的な競合関係になく、さまざまな形でパートナーシップを築いている日本人研究者は、このような状況を打開することのできるポジションにある。このサブテーマでは、まず各団体・個人が所有する情報を集め、地域個体群に関するデータベースを作成する。各団体が公表してきたレポート等から、地域個体群の位置、生息地のサイズと形状、生息個体数、他の地域個体群との交流の有無、地域個体群の存続に対する主なリスク要因などの情報を抽出するとともに、各地域、各団体を訪れて、未発表の資料の発掘に勤める。また、重要な情報が欠如している地域個体群については、現地調査を行ってそれを補充する。このデータベースの分析に基づいて、各種の全生息個体数のうち、どのくらいの割合が孤立地域個体群として存在しているのか、孤立地域個体群の保護が将来のその種の存続にどの程度貢献するのかを調べる。また、サブテーマ1や2の成果も利用しつつ、プライオリティ・ポピュレーションの選定を、学術的説得力をもった形で再考する。

孤立した個体群の現状についてのデータベース

 このサブテーマのもう一つの目的は、種の保護にとって重要な意味をもつ地域個体群を存続させるための実証的研究である。私たちが長期に研究や保護活動を続けてきて地元の行政などと協力関係にある日本、アジア、アフリカの調査地から、十分に存続の可能性がありながら危機に瀕している地域個体群をいくつか選定し、密猟、森林資源の利用、感染症、遺伝的劣化などのリスクとその程度、生息地の破壊と分断の現状と原因などをより詳しく調べる。また、霊長類の存続を保証するには、他の動植物をも含んだ生息地の生態系が維持されなくてはならない。この点を確かめるため、選定された生息地でキーストーン種となっている動物に絶滅の危機に瀕しているものはないか、あるとすれば、どのような要因が絶滅リスクとなっているかを調べる。

 
東チンパンジーの元来の分布域(黒線)と
現在分布が確認されている地域(黒塗り)。
  左 :コンゴ民主共和国  右 :ウガンダ共和国
 

密猟、森林資源の利用、感染症など人間活動に起因するリスクを回避し、生息地の維持・回復を目指すには、ある程度地域住民の日常活動や土地利用を制限しなければならいことになる。その制限が地域住民の生活にどの程度影響を及ぼすのか、またそれによる地域住民の不利益を緩和あるいは補填するにはどうしたらいいかといった点については、前回地球環境研究総合推進費の支援をうけて行った住民生活のモニタリングの技法(F-061、サブテーマ2)を用いて調査する。また、アジア・アフリカの地域社会の社会関係や地域開発や農業開発に関する研究を行っている研究者の参加を求めて、社会学的な研究も同時に進行させる。

 3年間の研究では、これらの研究にもとづいたモデル個体群の存続プランを立て、それを行政などに提案するとともに、一連の研究手法とその結果を国際的保護活動団体などにフィードバックするところまでを到達目標とする。さらに2年間の延長が認められた場合は、それらの計画を実施に移しつつ、計画自体の欠点や、実施に移した場合の地元の反応、生息地の保全や回復におよぼす効果などをモニタリングし、より効果的な個体群存続プランのモデルを作る。計画の実行にあたっては、各調査地でパートナー関係を築いてきたIUCN(国際自然保護連盟)、WWF(世界自然保護基金)、WCS(野生生物保護協会)とも共同して、資金調達や国・地方行政との交渉にあたる。


 年次計画と方法

平成22年度
日本、東南アジア、南アジア、赤道アフリカの各地域について、類人猿と主なオナガザル類に関して行政、研究者、自然保護団体などが出版した資料を収集し、保護にかかわる基礎データを抽出してデータベース化する。

資料の不足する地域については、現地に足を運んで未出版の状態で死蔵されているデータを発掘するほか、必要に応じて独自に調査を行って不足するデータを補う。

データ収集にあたっては、パートナーシップを築いているIUCNWCSWWF等の国際的保護団体や、研究協定を結んでいる大学・研究機関との協力で、資料の相互閲覧などの体勢を作る。また、アフリカの類人猿のデータベースについては、IUCNとマックスプランク研究所が中心になって進めている「APE Database」と協力して作業に当たる。


平成23年度 
上記のデータベースの作成作業を継続する。
作成したデータベースと、サブテーマ1,2の暫定的な成果を用いて、リスク回避と生息地の維持・回復・連結を試行する地域個体群を選定する。
選定したモデル個体群を対象に現地調査を行い、霊長類をはじめとするキーストーン種となる動植物の絶滅リスク要因、生息地劣化の要因についての量的調査を行う。また、平成1820年度に本研究費で行った研究課題で開発した方法を用いて、周辺地域住民の生活と森林資源利用に関するモニタリング調査を行う。


平成24年度 
上記のデータベースの作成作業とモデル地域個体群に関する調査を継続する。
モデル地域個体群に関する調査結果をもとに、将来の存続を保証するための保護計画を策定する。

作成した保護計画を行政府などの管轄団体に提示し、実施に向けた話し合いを進める。

この研究の手法と成果を、保護団体等が主催する各種のワークショップで紹介するとともに、メキシコで開かれる国際霊長類学会でこの研究課題の成果にもとづく国際シンポジウムを開催し、他のサブテーマの成果とあわせて発表する。 



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