第16回 ニホンザル研究セミナー・要旨 最終更新日:2017年6月1日


発表要旨



本田 剛章(京都大学霊長類研究所) 
屋久島山頂部のニホンザルの分布変動

環境とそこに生息する動物の関係を理解することは、生態学の大きな目的であり、霊長類でもさまざまな環境クラインで研究がなされてきた。その中に垂直方向のクラインがある。屋久島では植生は垂直分布し、森林帯を越えて、標高1,700mから山頂の1,936mまでの標高帯はササ類の1種であるヤクシマダケが優先するササ原となる。屋久島山頂部に分布する野生のニホンザル(Macaca fuscata yakui:以下サルと略)の生態はほとんど調べられてこなかった。本研究では、サルの食物と予想されるササを部位ごとに分けて季節変化を調べ、ルートセンサスを用いて屋久島山頂部のサルのササ原の利用期間を調べた。ササの芽とタケノコはおおよそ4月から10月の間存在し、サルはササの芽とタケノコを採食していた。また、サルは4月から10月にかけてササ原を利用していた。ササ原で食物となるササの芽とタケノコのアベイラビィティが、サルのササ原の利用を決定している可能性がある。





Josue S. Alejandro (京都大学霊長類研究所) 
Stress in male Japanese macaques living in a vegetated and non-vegetated enclosure

Improving captive environments for primates has been an important tool to enhance animal welfare. To investigate the benefits in which living in naturalistic environments decreases stress and promotes general animal well-being we observed two outdoor housed groups of Japanese macaques (Macaca fuscata) in the Primate Research Institute (PRI). One group was housed in a naturalistic vegetated enclosure, located at the Resource Research Station (RRS) and the other group was housed in a non-vegetated enclosure at PRI. Male activity budgets, rates of agonistic, affiliative (groom, play) and abnormal behaviors, as well as coat condition, were recorded. We found that males in the naturalistic enclosure had activity budgets more similar to their wild counterparts; they spent significantly more time feeding and less time moving, less time in agonistic interactions during the mating season, and immatures spent more time in social play than males in the non-vegetated enclosure. We found no differences in social grooming or self-grooming, but recorded better coat conditions in the vegetated enclosure and a higher incidence of abnormal behaviors in the non-vegetated enclosure. These findings suggest that animals housed in naturalistically enriched environments have significantly less stress related behaviors, and better quality hair coats. Our results add to the growing literature on animal welfare revealing that animals living in non-vegetated enclosures should have their housing improved to the extent possible in order to promote well-being.




田村 大也(京都大学大学院理学研究科)
野生ニホンザルにおけるオニグルミ採食技術のバリエーションと学習行動 

霊長類が採食する食物の中には,可食部が物理的障壁に覆われているため,採食前にその障壁を取り除く操作が必要なものが存在する。このような採食行動は「取り出し採食」と言われ,霊長類の知性の進化を促進した要因の一つとして近年再び注目されている。これらの行動は主に大型類人猿やオマキザル類で行われてきた背景があり,多様な系統や種で知見を蓄積し比較することが求められている。宮城県金華山島の野生ニホンザルで見られるオニグルミ種子(以後,クルミ)の採食行動は「取り出し採食」に位置付けられる。クルミの堅い外殻を歯で割るためには,強い咬合力に加え採食技術が必要であるかもしれない。さらに,採食技術の獲得過程では社会的学習や試行錯誤学習といった学習行動が介在していることが予想される。本研究では,クルミ採食における採食技術の詳細と採食技術獲得に影響する学習行動を明らかにするために,2015年から2016年に合計約4ヶ月間の野外調査を実施した。身体的成熟に達してもクルミを割れない個体が存在したことから,採食のためには強い咬合力に加え採食技術が必要であると考えられる。その採食技術として4つの『割り型』が確認された。ニホンザルは複数の操作要素を組み合わせてクルミを採食しており,各割り型によって操作要素の構成が異なっていた。このことから,ニホンザルがクルミ採食において複雑かつ構造的な処理操作を行っていること,その処理操作が固定的ではないことが示唆された。クルミを割れないワカモノ・オトナメス個体では社会的学習に関する行動が見られなかったことから,採食技術未獲得の個体が成熟後に採食技術を獲得するのは困難であると推測される。また,割り型が群れ内で均一化されていないことは,各個体の試行錯誤学習によりクルミ採食技術が獲得されることを示唆しているのかもしれない。しかし,採食技術の獲得個体と未獲得個体が家系で偏っていたこと,事例的ではあるが母子間での社会的学習が見られたことから,採食技術の獲得には血縁個体間での学習が影響していることが予想される。



貝ヶ石 優(大阪大学大学院) 淡路島ニホンザル集団における毛づくろいネットワークの分析

ニホンザル (Macaca fuscata) はマカク属の中で最も寛容性の低い種である。しかし淡路島に生息する餌付けニホンザル集団 (以下淡路島集団) の個体は、採食場面において特異的に高い寛容性を示す。本研究では、淡路島集団の毛づくろいネットワークを分析し、この集団の毛づくろいパターンに他の集団とは異なる特徴が見られるかを検証した。淡路島集団 (全333頭) の成体169頭 (オス31頭、メス138頭) を対象に、2016年5月から9月までの46日間に163回のスキャンサンプリングを行い、成体同士の毛づくろいを記録した。分析の結果、淡路島集団では、血縁関係の不明なペアを除けば、血縁個体間よりも非血縁個体間で多く毛づくろいが行われ、多様な個体間で広く毛づくろいが生起していたことが示唆された。またこの集団では、3頭以上が同時に参加する多頭毛づくろいが頻繁に生起していた。多頭毛づくろいでは、1対1では関わらない相手とも毛づくろいが行われており、それにより毛づくろいネットワーク全体がより均一な構造になっている可能性が示された。本研究の結果は,淡路島集団のサルが一般的なニホンザル集団とは異なる毛づくろいパターンを示し,マカク属の中でも寛容性の高い種に類似した社会構造を持つことを示唆している。



栗原 洋介(京都大学霊長類研究所) 屋久島のニホンザルにおいて食物パッチの特徴が群間関係と食物パッチ利用にあたえる影響

群間採食競合は群れ生活の利益のひとつと考えられているが、それを引き起こす生態学的条件は未解明である。屋久島の海岸林・ヤクスギ林にすむニホンザルは、遺伝的には同一であるが群間採食競合の強さが異なるため、理想的な調査対象である。本研究の目的は、屋久島のニホンザルにおいて異なる群間関係を引き起こす食物条件およびそれが食物パッチ利用にあたえる影響を解明することである。屋久島の 2 地域にすむ 3 群を対象に行動観察と植生調査を行った。群間関係が敵対的である海岸林では、そうでないヤクスギ林に比べ、食物パッチの密度が低く、高質でサイズが大きかった。これは、防衛する価値が高く、防衛しやすい食物パッチが敵対的な群間関係につながることを示唆している。また、海岸林にすむ小さい群れは、行動圏の周縁で伴食個体数を増加させた。これは、他群から攻撃を受ける確率を小さくしたり、他群を早く発見したりすることで、群間攻撃交渉のリスク軽減に貢献すると考えられる。



P-1 海老原 寛(野生動物保護管理事務所)
市街地に出没するハナレオス・ハナレメスの行動特性

近年、ニホンザルの生息数が増加している。これに伴い、市街地へ出没するハナレザルも増加する傾向にある。市街地に出没したハナレザルは人身被害や生活被害を引き起こすため、迅速な対応が求められている。一方で、その行動特性については、生物学的にも興味深い知見となる。そこで市街地におけるハナレザルの行動特性を整理し、各行動特性の発現機序について考察した。
出没事例は、過去に(株)野生動物保護管理事務所が受託したハナレザルの対応事例と、行政担当者から相談を受けた事例から収集した。関東地方、関西地方、四国地方から計18例の対応事例を収集した。情報の収集方法に偏りがあるため、以下の結果の読み取り方には注意しなければならない。
出没頭数は1〜2頭の場合が多いが、8頭の例もあった。一般的にハナレザルはオスであるが、メスのハナレザルも確認された。出没事例の中で確認した行動特性は、@農作物の採食、A家屋周辺の器物破損、B人家侵入、C人や犬猫に対する攻撃行動、D犬猫に対する親和行動、E猫に対する母子行動、F犬に対する性行動、G人工物に執着する行動だった。これらの行動特性のうち、D〜Gの行動を発現したハナレザルは全てメスであり、オスの事例は確認できなかった。なお、EおよびFの行動を発現したメスは、経産歴があるか初発情の兆候が見られた。一部のハナレザルで行動圏を推定することができたが、オスの行動圏は全て5?以上であったのに対し、メスの行動圏は全て1?未満であった。同一場所での目撃情報が多数蓄積された場合では、一日の行動パターンが単純化しており、狭域における定着性がみられた。出没環境は、連続する山系が付近にない集合住宅地域のみを行動圏とする個体も存在した。ハナレザルの出没場所から近接群までの距離は、最大で20km離れている事例もあった。
以上の結果から、@〜Cは個体の採食や自己防衛に関わる行動、DおよびEは群れで生活するニホンザルの社会的な行動であると推察された。D〜Fの行動は、一般的には群れから離脱や移出をしないニホンザルのメス個体が単独で活動したことよって、種を越えた社会交渉を伴う性特異的な行動が発現した可能性がある。また、オスより定着性が高い点も、群れ生活をするメスとしての特性が発現していると考えられる。


P-2 清家 多慧(京都大学大学院理学研究科)
嵐山のニホンザル餌付け群における水遊び参加時間の年齢差と飛び込みによる誘い掛け行動

 ニホンザルの一般的な遊びの頻度は1〜2歳でピークを迎え,5歳を過ぎるとほとんど見られなくなると言われている。また,社会的遊びにおいては遊びを始めるきっかけとなる誘い掛け行動も知られている。しかしこれらは陸上での遊びについてであり,水遊びについての先行研究はほとんどない。嵐山モンキーパークいわたやまには人工池があり,夏にはニホンザルが水遊びをする。本研究では,水遊び参加時間の年齢差と,水遊びでみられる飛び込み行動が遊びの誘い掛けになっているかどうかを調べるために,嵐山のニホンザル餌付け群を対象に人工池でビデオを用いた定点観察を行った。水遊びの総撮影時間は7時間25分であった。池を遊び場と定義し,水飲み以外で遊び場に来た個体を全て遊び参加個体とした。水遊び参加時間の年齢差については,ニホンザルの一般的な遊びとは異なり,3歳が最も長いという結果であった。また,5歳以上のメス同士での社会的遊びも見られた。水遊びには陸上の遊びとは異なる行動要素(泳ぐ,潜る)を伴うことがあるために,遊ぶ年齢が上にずれたと考えられる。また,5歳以上のメスの遊びが見られたのは,水遊び特有の刺激(冷たさ,音,水しぶき)が興味を引きやすいためであろう。飛び込みに関しては以下の結果が得られた。1)複数個体参加時の方が単独時よりも飛び込みの生起頻度が高い。2)参加個体間に積極的な交渉が起こっていない状況(遊び中断時)では,交渉が起こっている場合(遊び中)よりも周りから見えやすい場所から,飛び込み前の姿勢をゆっくりとって飛び込む割合が高い。3)遊び中断時では遊び中よりも飛び込みの直後に積極的な交渉が起こることが多く,70%以上で交渉が起こっていた。1)から,飛び込みは何らかの社会的行為である可能性が示唆され、さらに2),3)から遊びの誘い掛けではないかということが示唆される。飛び込むという行動と飛び込む時の音で周りの注意を引いているのかもしれない。



P-3 野本 繭子(京都大学大学院理学研究科)
嵐山餌付けニホンザルの体格関連因子について

ニホンザルの餌付け群では,小範囲に撒かれた栄養価の高い食物をめぐる競争が顕著に現れる。そうした中で明瞭になる優劣関係によって,獲得できる食物の量や質が異なることが,体格に大きく影響するといわれてきた。しかし,順位が体格にどの程度影響するのか,また順位以外の要因の影響がどのくらいあるのかについてはまだよくわかっていない。本研究は,嵐山に生息するニホンザル(Macaca fuscata)の餌付け群において,体格にどのような要因が影響を与えているのかを明らかにすることを目的として行われた。2015年9月?12月に嵐山モンキーパークいわたやまにて四足静止時または歩行時のサルを真横から撮影し,ワカモノ?オトナメス(7〜35歳)75個体の画像データを得た。背腹の幅と体高、頭胴長を画像上で計測し,頭胴長に比した背腹の幅を体格の指標とした。この数値が大きい個体ほど体格がよいと考え,その指標と,順位や家系,年齢,近縁個体の数,直近3年の産子数などとの関連について一般化線形モデルを用いたモデル選択を行なった。体格の指標は近縁個体数が多いほど大きくなる傾向にあり,年齢が上がるにつれて小さくなるようであった。個体数の多い家系の個体は,そうではない家系と比較して多くの援助を受けられるため,競争の激しい餌付け群においては採食に有利となるのかもしれない。一方で,順位の影響はモデルに組み込まれなかった。これは,中順位や低順位の個体においても,特異的近接関係にあるオスからの援助や効果的な採食戦略などによって採食量の確保ができているという可能性が考えられる。



P-4 疋田 研一郎(京都大学大学院理学研究科)
嵐山のニホンザル餌付け群におけるグルーミングの熱心さの違い

 ヒト(Homo sapiens)には相手や状況に合わせて自らの仕事への態度を変える性質がある。では,ヒト以外の霊長類であるニホンザル(Macaca fuscata)においても相手や状況によって熱心さが変化することはあるのだろうか。本研究では,グルーミングを相手のために行う一種の仕事と見立てて,グルーミーとの血縁の有無や順位関係のような相手の違い,催促の有無のような状況の違いによってニホンザルがグルーミングにおいて熱心さを変化させることがあるのかを調べた。グルーミングの熱心さを表す指標としては,従来グルーミング研究に用いられてきた継続時間に加えて,単位時間内のグルーミングのやり方を評価するために,一分間に毛をかき分ける回数,一分間にシラミ卵をとる回数,シラミ卵とりを諦める割合を新たに設a! ??した。観察は 2016 年 9 月から 12 月の間,嵐山モンキーパークいわたやまのニホンザル餌付け群のうちオトナメス 6 個体を対象に行った。その結果,血縁個体へのグルーミングと比べて非血縁個体へは継続時間が長く,一分間にかき分ける回数やシラミ卵をとる回数が多くなる一方,諦める割合は高くなった。血縁個体へは熱心にグルーミングするわけではないが,一度見つけたシラミ卵はきちんととるという特徴があるのかもしれない。また劣位個体へのグルーミングと比べて優位個体へは継続時間が長く,かき分ける回数やシラミ卵をとる回数が多くなる傾向があったが有意差はなかった。諦める割合に変化はなかった。最後に催促がある場合は,かき分ける回数には有意差はないものの,継続時間は長くなり,シラミ卵を取るa! ??数は多くなった。また有意差はないものの諦!める割合が低くなる傾向があった。順位関係に関しては弱い傾向があるという結果に留まったが,催促の有無では時間に着目しても,グルーミングのやり方に着目しても,概ね変化があるという結果が得られたため,ニホンザルは状況によりグルーミングへの取り組み方を変えることが分かった。



P-5 岡田 佐和子・仲井 理沙子 (京都大学霊長類研究所)
霊長類における幹細胞研究 〜ニホンザルiPS細胞を使った新しいアプローチ〜

 霊長類を理解するためには、フィールドでの個体観察による知見と合わせ、それらを細胞・分子レベルで説明する視点も重要であると考える。当研究室では、霊長類の行動に結び付く器官形成や発生様式について、幹細胞動態に着目して研究を進めている。そのための手段として、iPS 細胞に関する技術を活用し、「霊長類特有の組織発達、特に神経及び生殖発生における分子基盤」の解明に努めている。
 まず神経分野では、樹立したチンパンジーiPS細胞由来の、脳形成に関わる神経幹細胞に対して、増殖能や分化能の解析を行ってきた。さらに、神経発生動態(分化・成熟パターン)や細胞特性(増殖や生存、移動、形態など)についても解析し、これらが生体における発生過程をある程度再現していることを確認している。さらにニホンザルやマーモセットのiPS 細胞の樹立にも成功しており、各種の霊長類iPS 細胞を用いることによって、種間の神経発生動態の相違の特定を目指している。
 一方、生殖分野では、まず組織を利用して、霊長類の精子形成における遺伝子発現や分子メカニズムの解析に取り組んでおり、新生仔から成体への発育に伴う遺伝子発現の変遷を明らかにしてきた。今後は、iPS 細胞を用いて、生殖細胞形成過程を再現することで、霊長類における多様な生殖細胞の形成や発育様式の分子メカニズムを明らかにしたい。ニホンザルに関しては、季節性繁殖の分子生物学的理解に貢献できるのではないかと考えている。
 以上、iPS 細胞を利用することで、これまで霊長類では難しかった幹細胞研究が可能になった。これにより、組織−細胞−遺伝子という階層横断的な研究を進めていくことで、個体行動の包括的理解が一層進むと期待される。



 


このページの問い合わせ先:京都大学霊長類研究所 辻大和
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