京都大学霊長類研究所 > 2016年度 シンポジウム・研究会 > ニホンザル研究・若手とシニアのクロストーク・要旨 | 最終更新日:2016年6月10日 |
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勝 野吏子(大阪大学大学院 人間科学研究科) 嵐山集団のニホンザルにおける関係調整音声の用法とその発達
社会集団で暮らす霊長類は、集団内の多様な関係の個体と敵対的でない関係を保つ必要がある。本研究は、柔軟な音声行動が関係調整の場面でいかに発揮されているのかを明らかにすることを目的とした。ニホンザルが主に対面した相手に用い、敵意がないことを相手に伝えるgruntやgirneyという音声に注目し、嵐山集団において行動観察を行った。
ケンカが生じた後に当事者間で行われる親和的交渉には、関係を修復する機能があるといわれているが、その起こりやすさや交渉の種類は、当事者と関わるコストと利益に影響を受ける。ケンカ後場面において、音声による交渉は毛づくろいなどの接触による交渉と、起こりやすい相手や機能が異なるのかを検討した。2頭のメス間でケンカが生じた場合に、その攻撃者か被攻撃者をケンカの直後と翌観察日(統制場面)
に追跡した
(PC-MC法)。91頭のメスに対して605事例の観察を行った。ケンカ後場面では統制場面よりも音声による交渉が起こりやすかった。音声による交渉は接触による交渉とは異なり、順位差が大きく普段は関わりの少ない個体間で起こりやすかった。ケンカ後場面では当事者同士が交渉を行う際にはさらなる攻撃が起こりやすいが、高順位の個体と関わった後には交渉の種類によらずスクラッチを行いにくかったことから、音声による距離をとった交渉は、相手に近づくと危険である場合に、有効な関係調整である可能性が示された。
ヒト以外の霊長類では、捕食者の種類に応じた音声の用い方を未成体が学習することが報告されている。では、集団内の個体に対して、相手との関係に応じた音声の用い方は学習されるのか。0-7歳齢のメス16頭とそれらの母である成体メス14頭を対象とし、1年から3年にわたり個体追跡観察を行った。成体では、非血縁メスに接近する際には血縁メスに対してよりも、音声を用いやすかった。この傾向は準成体や未成体ではみられなかった。非血縁メスと関わった頻度が高い準成体ほど、その翌年の観察期間において非血縁メスに対して音声を用いた割合が高かった。音声を用いた後には年齢段階に関わらず親和的交渉が起こりやすかった。これらの結果から、非血縁メスと関わることにより、接近の際に音声を用いることが促進されると考えられる。
以上の研究から、ニホンザルがgruntやgirneyを状況や相手との関係に応じて用い、他個体と関わった経験により音声を用いる対象を修正することが示唆された。
谷口晴香(京都大学大学院 理学研究科) 離乳期のニホンザルのアカンボウにおける採食行動と伴食関係に生息環境が及ぼす影響
霊長類において、食物環境がオトナメス間関係に与える影響を調べる研究が盛んに行われてきたが、アカンボウの社会関係に及ぼす影響については注目されてこなかった。アカンボウ期は、群れ他個体との関係が形成される重要な時期であり、特に離乳期は、伴食を通じた関係が生じる。アカンボウは、入手や処理の容易な食物を好むことが示唆されている。ニホンザルのアカンボウは、離乳期に当たる冬には採食を行う必要が生じるが、冬季の食物環境は地域によって異なる。彼らの分布北限の下北半島は、落葉樹林帯で、積雪があり食物は樹皮や冬芽などに限定される。一方で、南限の屋久島は、常緑樹林帯で、冬でも葉や果実が利用できる。本研究は、食物の物理的性質がアカンボウの食物選択に及ぼす影響を検討後、それを含めた生息環境の違いがアカンボウの採食行動と伴食関係に与える影響を明らかにすることを目的とした。下北と屋久島において、冬季に母子4組を対象に、母子の採食行動と近接相手を記録した。各食物を4つの物理的性質(食物の大きさ、操作の有無、高さ、かたさ)により評価し、母子の食物利用の差にそれらの物理的性質が与える影響を総合的に検討した。その後、アカンボウに好まれる寄与度に応じ重みづけをした4つの物理的性質を使用し、食物の物理的性質を総合的に評価するスコアを作成した。両地域共にアカンボウは母親と比較し、一口で利用できる(小さい)、操作がない、低い位置にある、2000J/m2未満のかたさの食物を好んだ。屋久島と比較し、下北のアカンボウは、乳首接触時間が2倍程度長く、採食時間も母親と同等程度まで延ばしていた。両地域共に、母親が入手や処理の難しい食物を利用した際は、アカンボウは母親から離れる傾向にあった。母親から分離後、アカンボウは、母親より入手や処理のしやすい食物を利用する他のアカンボウやコドモと伴食することが多かった。屋久島と比較し、下北のアカンボウは母親と伴食する時間が長く、他のアカンボウと伴食する時間は短かった。これらの結果から、両地域ともに、身体能力が未熟なアカンボウは、母親と比較し入手や処理の容易な食物に採食時間を費やし、また高木からの落下の危険を回避していたと考えられる。こうした食物利用の違いにより、母子の分離が生じることが示唆された。また、アカンボウにとって他のアカンボウは、採食量が少ないため採食競合が生じにくく、はぐれる危険を回避しつつ伴食する相手として適していた。屋久島と比較し、下北では、気温が低く、食物の質が低いため、アカンボウは吸乳時間を延ばし、採食時に母親の保護を受けやすい距離に留まることが示唆された。以上のことから、食物の物理的性質は、アカンボウの食物選択に生息環境によらない一貫した影響を及ぼす一方で、気温や食物条件などの他の生息環境の違いと相まって、アカンボウの採食行動と伴食関係に影響を与えていた。
青木孝平(東京都恩賜上野動物園) 動物園のニホンザル研究
動物園の飼育下ニホンザルの生態は、オスの移動がなく、コンクリートでできた施設で飼育され、飼育員によって決められた飼料のみで栄養状態を管理されている。このような飼育環境はニホンザルが本来生息する自然環境とは大きく異なっているため、その社会、行動、生理にも変化を来す。動物園は飼育動物に対し、可能な限り自然状態での生態を再現する努力が求められており、これらを実現するためには、飼育下と野生下との違いを知り、その要因を調査・研究することで理解する必要がある。本発表では、上野動物園で行ってきた取り組みから、以下の6本の研究論文の内容について紹介する。1)群れの社会関係に影響を及ぼすα個体の交代について調査を行った。確認されたα個体13頭のうち、4頭はメス、3頭は6歳以下の幼獣オスであった。オスの出入りがない閉鎖環境では、成獣オスも母系血縁集団に見られる家系内・間の順位間系に組み込まれることで、優位なメス個体や、その子供で幼齢でも高順位の個体がαになる機会が少なくないと考えられた。2)個体間の距離が近い飼育集団において、親和的交渉として重要な毛づくろいにどのような特徴があるのかを調査した。野生下に比べ、非血縁個体間の毛づくろい交渉が多く、オスに対して毛づくろいを行う割合に性差が認められないなど、毛づくろい交渉を個体間の緊張緩和の手段として用いていると考えられた。3)雌雄を分離する単性飼育を行った結果、分離された個体の社会関係にどのような影響が表れるのかを評価した。集団から分離されたオス個体は、分離以前に高順位であった個体ほど、集団に復帰した際に集中的に攻撃を受け順位を落とし、集団内での親和的交渉を行う相手にも変化が見られた。攻撃を加えた個体のほとんどがオスであったことから、集団の全てのオスを同時に分離し、オス間の条件を統一することができれば、単性飼育による社会関係への影響を緩和できる可能性があると考えられた。4)上野動物園のニホンザルの行動レパートリーには、自ら食物を探し出す索餌行動が観察されなかった。自発的な索餌行動の生起を促すため、落ち葉をプールに敷き詰めて給餌を行い、給餌の影響を受けない時間帯に行動観察を行った。調査時期はちょうど対象集団の交尾期と重なり、成獣では交尾行動が優先され、幼獣のメスなどで索餌行動が確認された。落ち葉のプールは、索餌行動を自発的に選択可能な行動レパートリーの一つとして提供できる環境エンリッチメントだといえる。5)現在では亜種を混合飼育することが避けられている中、上野動物園で60年間飼育されてきたニホンザル亜種混合群における、ホンドザル系統、ヤクシマザル系統の繁殖特性について調査した。ヤクシマザル系統に比べて、ホンドザル系統は繁殖成功度が高かく、個体の順位による影響が見られなかったことから、亜種混合群の繁殖特性は60年を経ても母系統間で違いを保持していることが示唆された。6)飼育下ニホンザルの給餌飼料を野生下に倣って季節変化させ、その結果として体重がどのように変動するのかを調査した。秋の体重増、冬の体重減は再現することができたが、給与エネルギー量を減らした夏ではむしろ体重が増加した。夏場は局所的な日陰を利用するなど、運動量が極端に減ることから、摂取エネルギー量を消費エネルギー量が上回らなかったためだと考えられた。
島 悠希(京都大学大学院 理学研究科) 野生ニホンザルにおける休息時の接近行動と他個体間の親和的関係の理解
群れ生活をする霊長類は、複数の個体との様々な社会交渉を通じ、知的能力を進化させてきた。マカカ属では、そうした知的能力のひとつとして、自分以外の他個体間の血縁や優劣関係を理解していることが知られている。しかし、他個体間の親和的関係の理解についてはよく知られていない。本研究は2014年3月から9月、屋久島の野生ニホンザル(Macaca
fuscata yakui
)群において、サルが休息場所に集まる様子を観察し、全てのオトナメス(5頭)を対象に、休息開始時の接近行動を全生起サンプリングにより記録した。主な目的は、個体が他個体間の親和的関係(グルーミング交渉の程度)を理解しているかを、2頭でグルーミング中の個体に対する接近行動に着目し、検証するものである。接近行動は、オトナメスの休息開始時に最も近くで休息していた個体(休息個体)に対し0m接近したか否かによって区分した。加えて、休息開始時の接近行動について、対象個体がグルーミング相手を選択した結果であると予想し、0m接近後3秒以内の休息個体とのグルーミング生起の有無についても調べた。2頭でグルーミング中の休息個体に対して0m接近する確率は、対象個体と休息個体の血縁関係があるとき、また休息個体がグルーマーであるとき、そして相対的な親和的関係が高くなるに応じて上がった。相対的な親和的関係とは、対象個体と休息個体の親和的関係から休息個体と休息個体のグルーミング相手の親和的関係を引いた値である。0m接近後のグルーミング生起確率は、休息個体がグルーマーであるとき、催促行動があるとき、また休息個体との親和的関係が高くなるに応じて上がったが、相対的な親和的関係の影響は強くみられなかった。本研究で、オトナメスは、第三者とすでにグルーミング中の休息個体に対する接近行動において、他個体間の親和的関係を理解し、相対的に評価していることが示唆された。他個体間の親和的関係の理解による接近行動が、効果的なグルーミング相手の選択においてメリットがあるかについては、さらなる検証が必要と考えられた。
川添 達朗(京都大学大学院・理学研究科)ニホンザルのオスの生活史と社会関係について
ニホンザルは母系の複雄複雌群を形成し、オスは性成熟を迎えるころに生まれた群れから社会的に分散し、単独であるいは他のオスとオスグループを形成しながら生活し、生涯にわたって群れへの移籍を繰り返す。これまでニホンザルのオスの生活史や移籍は、順位や年齢、繁殖機会という点から研究されてきた。今回の発表では、ニホンザルのオスの生活史と移籍における順位、年齢、繁殖機会の影響について、これまでの研究の概説をおこなう。そのうえで、どの群れにも属さない雄たちから成るオスグループの社会構造や社会関係について、いくつかの研究例を示しながら群れ内外におけるオスの社会関係の比較をおこなう。また、これまで霊長類のオスは互いに繁殖をめぐる競合相手であるという観点で語られることが多く、オス間の移籍や社会関係は主に敵対的、競合的文脈に焦点があてられてきた。しかし近年、特に寛容型マカクを中心に、malebondとよばれるオス間の長期的な親和的関係についての知見が蓄積されつつあり、移籍への影響も示唆されるようになっている。また、分子生物学的手法の発達による血縁構造の解明により、オス間の血縁と移籍との関連について新たな研究が展開され始めたりしている。これら寛容型マカクの研究例を紹介するとともに、専制型マカクであるニホンザルにおけるオスの生活史や移籍に関する今後の研究の展開について考えていきたい。
川本 芳(京都大学霊長類研究所) ニホンザル地域個体群の歴史性と遺伝的連続性について
2015年の鳥獣法改訂によりニホンザルでも農業被害への管理(個体数調整)が加速している。捕獲圧が上がるなか、効果的な群管理のため「ニホンザルでどの個体群を優先的に残すか」を考える科学的根拠が求められている。これからの保全管理を考える基礎として、地域個体群の『歴史性』、『遺伝的連続性』、『地理的連続性』を研究し、保全管理の単位となる地域個体群を検討することが大事と考えている。
今回の発表では、はじめに昨年10月の共同利用研究会での紹介した『歴史性』の研究結果を概説する。そのあと現在進めている『遺伝的連続性』と『地理的連続性』の関係の研究進捗状況を紹介する。
『歴史性』の検討では、mtDNA非コード領域(939bp)の塩基配列を145地点で比較し、ベイズ法を用いた系統樹分析を行った。年代推定ではふたつの事前年代推定値を外挿し、ソフトウェアBEASTにより各地の個体群の共通祖先(MRCA)配列の派生年代を推定した。この分析により、時系列でみた現生のニホンザル地域個体群の成立過程の資料が整理できた。
『遺伝的連続性』の検討では、連鎖しない常染色体上のマイクロサテライトDNAを標識に、反復配列(STR:short tandem repeat)の多型で区別できる遺伝子型とその頻度を地域個体群で比較している。この際には、小金沢(1995)に準じ生息地メッシュ図から把握できる『地理的連続性』を念頭に、作業上区別した地域ごとにDNAフラグメント解析で核遺伝子構成を検索している。地域の代表には原則32検体を選びマルチプレックスPCR法で16座位を検査している。『遺伝的連続性』の評価では、ベイズ法を用い遺伝子型分布から分化した個体群を分類するソフトウェアSTRUCTUREを使い解析している。また、個体群間の固定係数(分化指数)F
ST をもとに、地域間交流の指標として世代当たりの有効移住個体数Nmを推定し『遺伝的連続性』を考えている。
保全管理の単位をどのように抽出するかはこれからの課題であり、法改訂による地域個体群変化のモニタリングとも関係の深い問題である。検討方法や結果の利用につき議論をお願いしたい。
P-1 栗原 洋介(京都大学霊長類研究所) 屋久島西部林道におけるニホンザルの食物受け渡し行動
多くの霊長類で母親から子へと食物を受け渡す行動がみられるが、それ以外のペアで食物受け渡し行動がみられる種は限られている。とくに
Macaca属では母子ペア以外での食物受け渡し行動は報告されていない。本発表では、屋久島西部林道で観察された、ニホンザルの食物受け渡し行動と考えられる事例を報告する。2015
年 12 月 3 日、KwA 群を追跡中、7-8 歳のワカオス Aが食べこぼした堅果のかけらを別の 4-5 歳のワカオス B
が拾って食べる様子を観察した。A と B
の順位関係は不明だが、体サイズおよび年齢から Aが優位であり、B が劣位であると考えられた。A
は林道上で休息しながら頬袋内のウラジロガシ堅果を採食しており、自分の周囲に堅果のかけらを食べこぼしていた。Bは A の近くで休息していたが、A と 0.5 m
近接する状態で堅果のかけらを拾って食べ始めた。A は Bが堅果のかけらを拾って食べるのを見ていたが、何もせずそのまま採食を続け、A
がその場を立ち去るまで攻撃交渉は起こらなかった。食物は優位である
Aから劣位である B へと受け渡されており、A が B
の採食を阻止する行動は観察されなかったため、本発表の事例は、食べこぼしを拾うのを許容するという形の食物受け渡し行動であると考えることができるかもしれない。
P-2 井上 光興(東京都調布市)・辻
大和(京都大学霊長類研究所)
野生ニホンザルによるモリアオガエル泡巣の採食事例
ニホンザルは雑食性の霊長類で,その食物レパートリーは非常に広い。サルの主要食物は果実や葉などの植物質だが,動物類もよく利用する。内容として,昆虫類をはじめとする節足動物,貝類などの無脊椎動物に加え,鳥類,爬虫類,両生類,魚類といった脊椎動物が含まれる。サルの動物食には顕著な地域性が見られることが,古くから指摘されてきた。食性の地域差は,生息環境・遺伝学的基盤と関連すると考えられ,また行動の文化的側面からも興味深いトピックだが,その検証のために必要なデータの蓄積は十分とはいいがたい。われわれは今回,青森県西津軽郡深浦町の十二湖で野生のサルによるモリアオガエルの泡巣の採食行動を観察し,その様子を写真に収めることに成功した。モリアオガエルは本州と佐渡に生息する日本固有種で,樹上に泡巣をつくって一雌多雄で放卵放精する習性がある。本種の産卵時期は5月上旬-7月上旬である。卵を包む泡は卵の乾燥を防ぐとともに,孵化した幼生に栄養を供給する(。モリアオガエルの卵・幼生の捕食者としてはアカハライモリが知られているが,サルによる捕食はこれまで報告がなかった。本観察は,ニホンザルの新しい食物についての貴重な記録と考えられるので,その詳細を報告したい。
P-3 橋本 直子(京都大学霊長類研究所)
飼育ニホンザルにおけるコントラフリーローディングにもとづく採食エンリッチメントの検討
動物の行動学的要求にもとづき,動物による主体的な選択が可能な環境を創る環境エンリッチメントは,動物福祉を向上させる重要な取り組みである。飼育下では採食時間の延長を目的としたフィーダー(給餌装置)がしばしば用いられるが,そのフィーダーの利用が動物の主体的選択によるものかどうかという議論はあまりない。一方で,飼育下の動物においてコントラフリーローディング(以下,CFL:簡単に手に入る餌があるにもかかわらず手間をかけて手に入る餌の方をより主体的に選択する現象)がみられることが知られているが,先行研究ではおもに単独飼育個体を対象としていた。本研究では,群れ飼育されているニホンザルの社会的場面でもCFLが起こりうるかどうか検証することを目的とした。また,群内の攻撃的交渉などの社会行動パラメータを用い,採食環境エンリッチメントとしてのフィーダー導入の客観的評価もおこなった。2群のニホンザルの各屋外放飼場にそれぞれ2区画の給餌区画を設け,単純散布区画とフィーダー区画として各区画の選好性を調べた。セッション開始からどちらか一方の区画の餌がなくなるまでの時間における,給餌区画ののべ利用個体数を比較した。動物の最適採餌戦略ではより簡単に得られる単純散布の利用個体数が多くなると予想されるが,一方で今回の実験の結果,両群ともにフィーダー給餌の区画を利用した個体数が比較的多かった。今回は,採食場面での攻撃交渉の頻度は各条件において変化しなかったが,給餌区画の利用個体数の増加による個体間距離の短縮は,闘争機会の増加を招く可能性がある。そのため今後はフィーダーの設置数や位置なども検討したい。
P-4 寺山 佳奈
(高知大学大学院総合人間自然科学研究科)
高知県中土佐町におけるニホンザルの環境選択
高知県中土佐町押岡地区において,餌資源の分布が常緑広葉樹林の里山に生息するニホンザルの環境選択に与える影響について明らかにすることを目的に本研究を実施した.ニホンザル1頭にGPS首輪を装着して行動を追跡し,利用場所を把握した.また,行動圏内における主要な餌資源量の分布および利用食物について明らかにするため、植生調査と糞分析を行った.利用する植生に季節的な変化はみられなかったが,放棄果樹園や針葉樹林に対する選好性は高かった.放棄果樹園を含む果樹園は,年間を通して様々な果実を提供するため重要な採食場所となっていると考えられた.また,糞分析の結果から,果実が本調査地に生息するニホンザルにとって重要な食物であることが示唆された.これらの事より,果樹園は本調査地区のニホンザルにとって重要な採食場所であり,また,果樹園に近接する針葉樹林を隠れ場所として利用していることにより,選好性が高くなっていると考えられた.このことから,餌資源の分布がニホンザルの環境選択に大きく影響していると示唆される.
P-5 Lucie Rigaill (Primate Research Institute) Does female urine
modulate male sexual behaviors in Japanese macaques ?
Previous studies in several species of mammals including human and
non-human primates underline the fact that female olfactory cues may play a
greater role in fertility signaling and mate attraction than previously
suggested. While most of the primate studies have focused on the role of vaginal
secretions, here we investigated whether olfactory compounds of female urine
might promote male sexual behaviors in a captive social group of Japanese
macaques (Macaca fuscata). Using a stress-free protocol for data collection
(urine samples) and experiments, we tested whether males exposed to female urine
stimuli showed an increase in sexual behaviors (e.g. approaches, holding
behaviors, copulations and genital inspections) toward females compared with the
exposition to a neutral stimulus (saline solution). We found no evidence that
female urine plays a role in mate attraction in Japanese macaques. We suggest
that males might be inspecting for other visual and/or olfactory cues that
derive from females (i.e. vaginal secretions), or from males such as sperm
remaining after previous copulations. Further studies on the chemical
composition of female urine and vaginal secretions, as well as behavioral data,
are needed for a better understanding of the role of male genital inspections
and female olfactory cues in relation to inter-sexual interactions (ovulation
discrimination) and intra-sexual (sperm) competition.
P-6 Julie Duboscq (Wildlife Research Centre, Kyoto University)
Connecting the dots: linking host behavior to parasite transmission and
infection risk
Investigating dynamics of infectious diseases is important for
the health of livestock, wildlife, and humans, and links to species/habitat
conservation, health and economic issues. When investigating infection risk and
transmission, the heterogeneity and diversity of contacts between hosts need to
be accounted for. Many parasites, i.e. organisms that live/feed exclusively
within/on other living organisms, are socially-transmitted, directly or
indirectly. Thus, highly social individuals are expected to encounter a more
abundant and diverse parasite community than less social hosts and to exert
stronger influence on the transmission of parasites through their social
networks. To investigate the links between parasite transmission, infection risk
and sociality, Japanese macaques are a good model as their socio-ecology and
parasitology are very well-characterized. This poster presents three
illustrating studies. First, a mathematical model shows that central
individuals, i.e. those engaged more frequently in grooming or grooming with
more social partners, can spread a disease faster and to more individuals than
less central individuals. Second, our field studies demonstrate this link too.
For example, in Yakushima macaques, high-ranking females were more central in
their social network and exhibited higher parasite richness than low-ranking
females, suggesting that dominance rank and network centrality mediated parasite
infection risk. In Koshima macaques, overall, the number of social partners that
females had predicted their lice load (measured by observing louse egg-picking
behavior during grooming) but only according to seasons. More central females
had fewer lice in winter (mating season) and summer (birth season) than less
central females but this relationship disappeared in the other seasons, which
can can be explained in relation to the biology of the host (monkey) and the
parasite (louse). For my current JSPS project, I extend this studies and
investigate additional pathogens of Japanese macaques, the simian foamy virus (SFV)
and Escherrichia coli in order to arrive at a multi-parasite-single host system.
The study of viruses and bacteria indeed offers a direct way of tracking
transmission between individuals because they express different identifiable
strains that can then be mapped onto social networks. This work helps
determining infection risk, patterns and transmission, analyzing the
cost-benefit trade-offs of sociality and can link to ecological connectivity and
ecosystem health.
P-7 鈴木-橋戸 南美(京都大学霊長類研究所)
遺伝子解析からわかったニホンザル苦味感受性変異の拡散過程
ヒトでは、苦味受容体遺伝子TAS2R38の変異によりフェニルチオカルバミド(PTC)という苦味物質に対して感受性に個体差があることが知られている。我々はこれまでに、ニホンザルTAS2R38の遺伝子解析、受容体機能解析、行動実験により、ニホンザルでもPTC感受性に個体差があることを報告した。興味深いことに、この苦味感受性変異は解析した17集団中、紀伊半島由来の集団のみで見つかり、集団内では約3割の遺伝子頻度を示した。TAS2R38の周辺領域、非コード領域の配列解析の結果、この感受性変異型は、短期間に急速に紀伊集団中に拡散したことが示唆された。TAS2R38はアブラナ科や柑橘類の植物に含まれる苦味物質を受容する。本遺伝子の変化によりこれらの植物の苦味を感じにくくなることがニホンザルの環境適応を醸成し、このアリルが紀伊集団に急速に拡がる要因になったと推察された。また本研究により、ニホンザル17集団のTAS2R38および、8集団9座位の非コード領域の遺伝的多様性を明らかにした。これらの結果についても、先行研究のニホンザル遺伝的多様性結果と比較して報告する。
P-8 水藤
春華、野中健一、鈴木義久、六波羅聡、西村和也、明石武美(サルどこネット)、田中哲哉(バーテックスシステム)
猿害対策にむけたサルどこネットの取り組みと課題
近年、日本の中山間地域て?は、ニホンザルによる農作物被害や人間への危害(猿害)が?深刻になっている。
この問題を解決するためにサルどこネットでは、2006年より以下のことに取り組んできた。
1.サルの出没情報を把握し地図情報として提示すること
2.地域住民参加型の情報利用・防除システムを築き、協働を促すこと
3.防護柵や追い払いなどの防除対策の普及を促すこと
これまでの活動状況(サルの出没情報の把握と地図化、システムの展開と普及の広がり、行政機関等との連携づくり)を振り返り、成果と問題点を整理した上で今後の課題を提示する。
P-9 松原幹(中京大学国際教養部)
屋久島のニホンジカのサル糞食による糞中種子散布への影響
ヤクシカやげっ歯類などが、ニホンザルが糞散布した種子の生存率におよぼす影響を調べるため、2015年10-12月に、屋久島西部地域のニホンザルの糞中種子に集まる生物を、自動撮影カメラで調べた。新鮮なサル糞を採集し、糞から直径3mm以上の種子を取り除いた後、着色した種子(カラスザンショウ、ハゼノキ、モッコク、シラタマカズラ)を各糞につき1種ずつ、100個を混ぜた。鉄製の覆い(シカ除けカゴ、小動物除けカゴ、センチコガネ類除けカゴ)を被せたサル糞や、カゴなしのサル糞、果皮を除き着色した種子、無着色種子を、林内の実験区に設置し、3日後、1週間後、1ヶ月後に実験区内に残った種子数を比較した。自動撮影カメラは1ヶ月間設置した。糞設置から24時間以内に、ヤクシカが訪れてサル糞を食べる行動が、カメラトラップ場所の90%以上で確認された。植物種による違いは確認されなかった。サル糞に混ぜ込まなかった種子の半数以上は、1ヶ月後、実験区域内で再発見された。このことから、この地域のサルによって糞散布される種子は、サル糞というシカ誘引物質の付着により、シカ被食率が増加すると推測された。
P-10 西栄美子・筒井圭・今井啓雄(京大・霊長研)
ヒトとニホンザルにおける甘味感受性の比較
味は食物が採食者に対しどのような影響を与えるかを示す情報である。脊椎動物はそれぞれの食性に合わせて味覚受容体の機能を変化させることで多様な味覚を獲得してきた。中でも甘味は栄養価の高い糖が食物中に含まれることを意味するため、ヒトをはじめ多くの霊長類が甘味を好むことが知られている。天然に存在する糖の中でヒトが最も強い甘味を感じる糖はスクロースであることから、ヒト以外の多くの霊長類でも行動実験によるスクロース感受性の測定が行われており、霊長類種間で甘味を感じる濃度が異なることが確かめられている。これらの感受性の違いは甘味受容体を構成するサブユニットTas1R2/Tas1R3におけるアミノ酸配列の種間差が原因だと考えられているが、甘味受容体機能と甘味感受性の関連性について直接比較を行った研究は少ない。また、ヒト以外の霊長類が野生下で採食する食物にはスクロースはほとんど含まれていない。そこで、本研究では葉・果実・樹皮など食性の幅が広いニホンザルに焦点をあて、野生下の採食行動における甘味感覚の役割を解明すべく分子レベルと行動レベルにおける実験を行った。まず甘味受容体機能を調べるため、ニホンザルのTas1R2/Tas1R3を強制発現させた培養細胞を用いて様々な天然の糖類に対する応答を測定した。その結果、ヒトのTas1R2/Tas1R3では応答を示さない糖に対し、ニホンザルのTas1R2/Tas1R3では低濃度でも強い応答を示すことが分かった。さらに飼育下のニホンザル4個体の同溶液に対する感受性を二瓶法によって測定したところ、受容体が応答し始める濃度と同程度の濃度から積極的に溶液を摂取するようになる結果が得られた。これらの特定の糖に対する高い感受性、及び受容体機能はニホンザルが高栄養価の食物を選択し、積極的に採食するのに役立っている可能性がある。今後、食性の異なる霊長類と甘味受容体機能を比較することで、霊長類の甘味感覚と食性の関連性について調べる予定である。
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