京都大学霊長類研究所 共同利用研究会

「ニホンザルを考える」

2009年6月6日(土)- 7日(日)
犬山国際観光センター フロイデ  2階 多目的研修室

6月6日(土)

13:30-13:40 開会あいさつ

ニホンザルの分布
座長 濱田 穣(京都大学・霊長類研究所)

13:40-14:20 早石周平(琉球大学・大学教育センター)
      屋久島のサル ー 島嶼個体群という視点から

14:25-15:05 赤座久明(富山県・自然保護課)
      中部山岳地域におけるニホンザル個体群

ニホンザルの民俗生物学
座長 中村民彦(NPO法人 ニホンザルフィールドステーション)

15:25-16:05 三戸幸久(ニホンザル史調査会)
  厩猿 − 日本人はニホンザルをどう見、どうつきあってきたか −

16:10-16:50 藤井尚教(尚絅大学・文学部)
  九州におけるニホンザルの左手と"河童の手"について

 

6月7日(日)

外来種
座長 鳥居春己(奈良教育大学・自然環境教育センター)

9:30-10:10  佐伯真美(野生動物保護管理事務所)
  伊豆大島のタイワンザルの生息状況および捕獲状況について

10:15-10:55 白井 啓(野生動物保護管理事務所)
  ニホンザルと外来種の交雑問題の現状と課題

11:00-11:40 川本 芳・齊藤 梓・川合 静(京都大学・霊長類研究所)
  外来種の遺伝的モニタリング

ニホンザルの個体群管理
座長 川本 芳(京都大学・霊長類研究所)

13:00-13:40 森光由樹(兵庫県大・自然・環境研/森林動物研究センター)
  兵庫県の管理体制と現況

13:45-14:25 山田 彩(京都大学・霊長類研究所)
  ニホンザル農作物加害群の遊動パターン

ニホンザルの保護管理
座長 渡邊邦夫(京都大学・霊長類研究所)

14:40-15:20 松岡史朗(NPO法人 ニホンザルフィールドステーション)
  下北半島のニホンザル 『過去・現在・未来』

15:25-16:05 常田邦彦((財)自然環境研究センター)
  ニホンザル保護管理の課題と特定計画のガイドライン

16:10-17:30 総合討論  指定討論者  大井徹(森林総合研究所)

研究会世話人

川本芳、濱田穣、國松豊、毛利俊雄、渡邊邦夫、古市剛史、半谷吾郎、辻大和、田中洋之、杉浦秀樹
連絡先   川本芳(電話: 0568-63-0527,


発表要旨

屋久島のサル ー 島嶼個体群という視点から
早石周平(琉球大学・大学教育センター)

 屋久島は、島嶼であるため面積は限られるものの、植生の垂直分布により多様な生息環境が見られる。屋久島のサルについては、社会生態学的な研究が多く蓄積され、好廣らによる分布調査の成果もある。発表者らは1999年から島内一円で採取した試料について、ミトコンドリアDNA(mtDNA)の第2可変域の多型解析とその島内分布を調べて、屋久島のサルがこの約一万年間に島内でどのような分布変遷過程を経てきたかを明らかにした。今回は、第2可変域にくわえて、mtDNAの第1可変域の分析結果と、オスY染色体のマイクロサテライト多型の分析結果を紹介する。分析は始まったばかりだが、mtDNA多型から群れの動き(メスの動き)とY染色体マイクロサテライト多型からオスの動きをあわせて解析することで、より詳細に群れの分布拡大や縮小の過程、オスの分散という現在の生態に関連する知見が得られる。また、保全の試みについても紹介したい。

 

中部山岳地域におけるニホンザル個体群
赤座久明(富山県自然保護課)

 富山県東部の黒部川流域で、1978年〜1985年にかけて直接観察により群れの分布調査を実施した。宇奈月温泉(標高220m)から黒部川源流の鷲羽岳(2924m)に至る71kmの流域で31群の群れを記録した。1999年に完成した宇奈月ダムにより、この地域に生息していた3群の行動域がダムより下流側へ大きく移動した。そして、この3群が去った後のダム湖周辺には、上流から新しい群れが進出し定着した。黒部川の上流から下流に向かって複数の群れの行動域の移動と拡大が連鎖的に進行することが分かった。地域個体群の分布の拡大が、河川に沿って進行する事例を探るため、富山県を中心にして、中部山岳地域に生息する群れのミトコンドリアDNA変異を分析し比較した。検出された6つのハプロタイプは、河川流域ごとに同じタイプが連続的に分布する傾向が認められた。標高3000mの高山帯が連なる飛騨山脈北部の後立山連峰では、稜線を境に長野側と富山側で大きく異なる2つのタイプが分布しており、この山脈が個体群の分布拡大の大きな障壁になっていることが示唆された。

 

厩猿 − 日本人はニホンザルをどう見、どうつきあってきたか −
三戸幸久(ニホンザル史調査会)

 厩猿という信仰・風俗は今消えかかっている。わずかにその形骸を各所に垣間見るだけである。ニホンザル(以下、サル)は牛馬のための「守り神」であった。その歴史は1000年におよぶと推定される。この長い歴史を牛馬の守り神として墨守しつづけてきた根拠はなんだったのか。ニホンザルとは日本人にとって何ものだったのか、これまでの厩猿に関する調査研究(トヨタ財団助成研究:川本芳代表)の報告をかねながらその一端をさぐる。Tは、厩猿の日本列島での分布の偏りと頭骨と手骨という違いを紹介する。Uは、厩猿の歴史:12世紀厩にサルを飼うのは一般的だったこと。現代の高校の教科書(鎌倉武士の館)にも出てくる厩猿の歴史を紹介する。Vは、なぜウマにサルだったのか?:これまで語られてきた諸説を紹介しそれぞれの特徴を検討する。W まとめとして、厩猿の二つの系譜:混群効果と頭骨信仰を考察・紹介する。

 

九州におけるニホンザルの左手と"河童の手"について
藤井尚教(尚絅大学) 

 サルの手を最初に見たのは1983年1月熊本県相良村でそれは人の安産用呪物であった。1979年広瀬は東北地方ではサルの左手で瓜の種を蒔くとよく生えると述べていた。1992年相良村北部の旧四浦村全戸の訪問調査でサルの手について11件の言い伝えと5本のサルの手を見出した。その後隣村の五木村で訪問調査を、つぎに熊本県下全域でアンケート調査を行い、九州全域を視野に収めて調査を続けてきた。
 サルの手は牛馬の安産健康を願う厩猿の機能だけでなく、河童のイタズラ防止(牛馬の暴走、牛馬へのイタズラ、魚とり、紛失物の発見、水難事故等)からさらには、魔除けや幸福をもたらすものとして大切にされた。また安産繁殖の機能は牛馬から人間へさらには農業生産へとも広がったといえる。九州でのサルの手の調査がほぼ終わったかと思った頃河童の手として残っているものの中にサルの手があることに気付いて以後、河童の手の調査を続けてきた。河童の手といわれているものの半数はサルの手であり、残りはカワウソの手と、正体不明の細長い4本指の手である(指1本が削られている)。
 また、河童の手の入手話は全国にある通常の話とまったく同じであり、その地域特有のものはなかったが、熊本県七城町では河童の手(正体不明の細長い4本指の手)とそれを取返しに来るのを防ぐためのサルの手が一緒に保管してあるという全国で唯一の例があった。サルは河童より優位であり、サルの手は河童のイタズラ対策としての機能を、しかも厩猿の機能を含めてもっているとすれば、サルの手は河童との関係が大きいといえよう。
 また、左手優位の原則も大きな課題であろう。最後に単なる伝承としての河童論議に加わる意図はなく、サルの手、河童の手が、農業の衰退の中で厩が急激に消失するとともに消えているために、現物の記録と伝承を記録することが喫緊の重要課題であると思う。

 

伊豆大島のタイワンザルの生息状況および捕獲状況について
佐伯真美(野生動物保護管理事務所)

東京都伊豆大島には1939年から1945年にかけて島内の動物園から逸走し野生化したサルが生息しており、現在、島の中央を除くほぼ全域に群れが分布している。2006年度には東京都による島内全域での生息実態調査が行われ、2008年度からは東京都大島町による生息実態調査および根絶に向けた捕獲計画が進められている。
本発表では、これまでの調査で明らかになった、野生化の経緯、分布の変遷、現在の分布、群れ数、個体数などの変遷および島内での捕獲状況などについて紹介する。

 

ニホンザルと外来種の交雑問題の現状と課題
白井 啓(野生動物保護管理事務所)

 平成11年度、和歌山県は県北部に野生化しているタイワンザルの調査を実施し、2群、合計約200頭を確認した。その後も平成15年度には4群、合計300頭近くに達したが、平成13年度末から開始した捕獲によってこれまでに352頭を除去し、平成20年度末時点で3群、合計で推定19?27頭に減少している。このうちニホンザルと避妊メスを除くと残数は10?18頭で全頭捕獲が視野に入って来たが、残存個体は警戒心が強く捕獲効率が大幅に低下しているため、また残数調査の精度向上の課題もあり、今後、より一層の努力と工夫が必要である。
 一方、千葉県南端にはアカゲザルが野生化しており、千葉県は平成7年度からニホンザル事業の中で扱っていたが、平成17年度にアカゲザル単独事業を立ち上げた。しかし、森林内にいることが多くエサへの反応が和歌山に比べて鈍かったこと、集落や道路がほとんどない地域を含んでいることなどから、当初、テレメ装着も容易ではなかったが、平成20年度末までに360頭を除去するに至った。大方捕獲した群れもある一方、まだ400?500頭以上が野生化していると推定され、調査段階の群れもあり、継続した作業が必要である。

 

外来種の遺伝的モニタリング
川本芳・齊藤梓・川合静(京都大学・霊長類研究所)

 外来生物法施行前後からニホンザルと外来種の交雑につき遺伝標識を利用したモニタリングを行っている。関係者の協力を得て、定着、交雑の発生・進行・拡散の遺伝学調査から、人為導入起源の外来種の群れとニホンザルの種間交雑の実態が明らかになった。和歌山県では外来種群へのニホンザル移入による交雑の発生機構が推定でき、交雑度の上昇に伴う個体群の遺伝子構成変化や形態変化との関係も明らかになってきた。千葉県では和歌山県で認めた交雑機構の追加検証のほか、ニホンザル地域での拡散や交雑状況を遺伝的にモニタリングしている。この事業では、地元研究機関かずさDNA研究所が交雑度判定を高精度化する新しい遺伝標識を開発し、オスの拡散につき私たちが種を超えた個体判別の新しい検査法を開発し応用している。これら研究成果や現状の紹介とともに、根絶を目標とする行政事業の展望と、外来種対策の基本指針に関する今後の問題を議論したい。

 

兵庫県の管理体制と現況
森光由樹(兵庫県大・自然・環境研/森林動物研究センター)

兵庫県に生息しているニホンザルは分布情報から6つの地域個体群(美方、城崎、篠山、神河、南光、淡路)に分けられている。生息地間の距離が最も近い篠山、神河個体群間でも約40km分布距離が離れており、分断と孤立化が顕在化している。分布および頭数情報から6つの地域個体群は絶滅が危惧されている。しかし、兵庫県内に生息するニホンザル全群が農作物に被害を出していて、有害駆除による捕殺が続けられている。有害駆除の権限は市町村にあり、管理の難しさがある。兵庫県では、全群に電波発信機を装着し、行動圏、頭数をモニタリングしている。また、性年齢構成から群れの絶滅予測を実施している。遺伝子の調査では、ミトコンドリアDNAで複数のハプロタイプを検出している。まだ、被害は押さえられていないが、少しずつ被害管理の取り組みが進められている。

 

ニホンザル農作物加害群の遊動パターン
山田彩(京都大学・霊長類研究所)

 ニホンザルの保護管理、とくに効果的な被害管理・生息地管理を考えていく上では、群れの土地利用や遊動パターンの解明が重要な情報となりうる。人為的環境を含む地域に生息する群れに着目すると、彼らはこれまで自然群で報告されてきた食物条件や物理学的だけではなく、人為的要因にも影響されて遊動していると考えられる。ここでは農作物被害を起こす野生ニホンザル群を対象に、生物学的要因として食物条件、物理学的要因として気温と斜面の方角、人為的要因として集落ごとの追い払い程度の量的な変動を明らかにし、それぞれの要因の遊動パターンに与える影響を季節ごとに評価する。そしてその相対的な重要度を明らかにすることによって、被害管理・生息地管理につながる情報を抽出し、今後の群れ管理のあり方について考える。


下北半島のニホンザル 『過去・現在・未来』
松岡史朗(NPO法人 ニホンザル・フィールドステーション) 

 はじめに過去から現在までの経緯について紹介する。サルの個体数、群れ数は年々増加し、生息分布域は拡大している。国や県による猿害への取組み、被害状況と対策の歴史、住民意識の変化(アンケート調査結果)を紹介し、下北における人とサルの関係の歴史について説明する。
 昨年度から青森県の特定鳥獣保護管理計画は2次計画に移行し、捕獲の基本方針が問題個体捕獲から個体数調整に変更された。猿害対策では、各地区に電気柵や猿害監視員が置かれ、脇野沢地区ではモンキードッグが導入された。また、むつ市には鳥獣対策室が新設され、被害対策市町村等連絡会議によるネットワーク化の取組みが進んでいる。一方、サルの生息状況把握では発表者の所属するNPO法人により調査が毎年行われている。
 これら現状紹介のあと、将来の分布予測について説明し、今後の人とサルの共存への道について私見を述べたい。

 

ニホンザル保護管理の課題と特定計画のガイドライン
常田邦彦((財)自然環境研究センター)

 ニホンザルの分布域は、1960年前後に最も縮小したと考えられるが、その後は拡大を続けている。これは明らかに個体群の増加を示すものであり、群れの耕作地への進出と人慣れという現象を伴っている。そのため、1960年代には限定的であったニホンザル被害は、今や全国的、普遍的な問題に拡大した。
 このような状況の変化に応じて、ニホンザル保護管理の主要なテーマや課題も変化した。1960年代では、当時の拡大造林政策という背景もあり、個体群の保存と回復が中心的な課題であった。しかし個体群の増加が進んだ現在は、被害防除とそのための個体群コントロールが主要な課題となっている。近々公表される特定鳥獣保護管理計画技術マニュアルの改訂版は、2000年の技術マニュアルではほとんど触れなかったニホンザルの個体群管理という課題を取り上げ、その方向性を提起したものである。