2006年ホミニゼーション研究会
「見る、聞く、話すの進化」
日時:2006年11月7日(火)9:00〜17:00
会場:京都大学霊長類研究所大会議室(名古屋鉄道犬山駅下車)
今年のホミニゼーション研究会は、視覚や聴覚、言語の進化や発達に注目します。最新の研究成果を題材に、議論する場をつくりましょう。たくさんの方の参加をお待ちしています。
今年のホミニゼーション研究会は、視覚や聴覚、言語の進化や発達に注目します。最新の研究成果を題材に、議論する場をつくりましょう。たくさんの方の参加をお待ちしています。
9:00-9:10
Michael A. Huffman 開会の挨拶
9:10-9:45
西村剛(京大院理学・自然人類)
「形態進化と言語の起源」 要旨
9:45-10:20
泉明宏(精神神経センター・モデル動物開発)
「サルの聴覚世界:知覚とその神経基盤」 要旨
<10:20-10:40 Coffee Break>
10:40-11:15
工藤紀子(千葉大・理研)
「ヒト新生児・乳児の統計的学習と脳活動」 要旨
11:15-11:50
松井智子(京大霊長研・認知学習)
「ヒト幼児の語彙学習と社会的認知」 要旨
11:50-12:25
今井むつみ(慶応大・環境情報)
「語意学習におけるブートストラッピングメカニズム」
要旨
<12:25-13:30 Lunch Time>
13:30-14:10
今井啓雄(京大霊長研・遺伝子情報)
「光受容タンパク質:ニワトリ、ノックインマウス、霊長類」
要旨
14:10-14:50
河村正二(東大院新領域創成科学・人類進化システム)
「新世界ザルの色覚多様性が教えてくれること」 要旨
<14:50-15:10 Coffee Break>
15:10-15:50
宗宮弘明(名古屋大院生命農学・水圏動物学)
「網膜生態学の可能性:サカナとトリと哺乳類」 要旨
15:50-16:30
小川正(京大院医学・認知行動脳科学)
「視覚的注意の神経機構」 要旨
16:30-17:00
総合討論
<17:00- 懇親会>
<申し込みは不要です。どなたでも自由に参加できます>
お問合せは、〒484-8506 愛知県犬山市官林 京都大学霊長類研究所
http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/index-j.html
電話0568-63-0520 電子メール
Michael A. Huffmanもしくは遠藤秀紀まで、遠慮なくご連絡ください。
形態進化と言語の起源
西村剛
京都大学大学院理学研究科動物学教室自然人類学研究室
先ほど、アウストラロピテクス乳児の舌骨化石が発見され、Nature誌(443:296-301,
2006)に報告された。その形状は現生人類のものとは異なり、現生アフリカ産類人猿のものに近い。その形態学的特徴から、このアウストラロピテクスはチンパンジーやゴリラのような音声を発していたと示唆される。ヒトは、他の霊長類とは異なり、一息の短い間でも音を連続的に変化させて作り出すことができる。この話しことばにより、効率的な言語コミュニケーションが可能になる。この化石発見により、アウストラロピテクスは言語―少なくとも話しことば―を有していなかったと示唆される。言語はヒトに特有の高次脳機能であり、その起源はヒト系統のどこかであることに異論はない。しかし、言語そのものは化石記録に残らないので、それがヒト系統のどこで現れたたかについては議論が多い。化石研究では、言語に関連すると考えられるヒト特有の形態学的証拠探し、その比較分析から言語の起源年代が推定されている。しかし、それらの研究から推定される年代は、ほぼヒト系統全般にわたっており一致しない。
話しことばと発話器官形態の関連性はよく知られている。私たちが耳にする音声(母音)の種類は、声帯から唇にいたる声道の形状により決まる共鳴特性で決まる。ヒトの声道は口腔と咽頭腔がほぼ同じ長さで、この特異的な構造により連続的で精緻な共鳴特性の変化が可能になっている。この声道の二共鳴管構造は、話しことばの形態学的基盤の一つである。しかし、ヒトの赤ちゃんではその構造が未発達で、生後9歳頃までに、声道を構成する咽頭腔の著しい伸長と口腔の伸長の鈍化によって完成する。この成長パターンは、話しことばへの適応としてヒト系統で現れたと考えられてきた。私たちは、磁気共鳴画像法(MRI)を用いて、チンパンジーとニホンザルの声道形状の発達変化を縦断的に追跡し、ヒトの発達変化と比較分析した。咽頭腔の著しい伸長をもたらす喉頭下降現象の一部はニホンザルにもみられ、チンパンジーではヒトと同様の発達変化がみとめられた。一方、ニホンザルとチンパンジーの口腔の伸長パターンは、ヒトと異なり、生後一様な伸長がみられた。これらの結果は、声道の二共鳴管構造の発達パターンは、ヒト系統で一気に現れたのではなく、ヒト系統分岐以前にそのパターンの一部がすでに現れたことを強く示唆する。それらの形態の発達パターンの多くは、言語とは関係のない機能に適応して進化し、ヒト系統でモザイク的に組み合わさり、話しことばへ二次的に適応したのだろう。
言語がヒト特異的であるがゆえに、その生物学的基盤もヒト系統で一つのパッケージとして出現し、言語へ適応して進化したと考えられる傾向がある。しかし、声道形状の発達パターンの比較分析は、そのような進化モデルを支持しない。化石研究から推定される個々の言語に関連する形態学的基盤の出現年代のばらつきは、個々の論拠の不確かさによるものもあるだろうが、ヒト系統におけるこの多段階モザイク進化モデルを支持しているのかもしれない。形態進化を要する言語関連の能力―例えば、話しことば―は、言語とは独立して進化した可能性もあり、化石研究による言語の起源の探究には多くの障害がある。しかし、言語の起源をもたらす個々の形態学的基盤の出現とその生物学的適応を系統進化の樹に積み上げることで、単なる点ではなく線としての言語の進化史の再構築が期待される。
back
サルの聴覚世界:知覚とその神経基盤
泉明宏
国立精神・神経センター
言語や音楽を持つことは、他の動物には無いヒトの特徴である。これらはいずれも音声―聴覚系依存のコミュニケーションであり、言語や音楽の進化的基盤について考察する上で、ヒトと他の動物の発声―聴覚系の比較、特に系統的に近縁な他の霊長類との比較研究が重要であると考える。サルの発声系については古くから検討されており、ヒトの発声系の特殊化と音声言語の関係について考察されてきた。一方、サルの聴覚系に関しては、未検討の問題が多く残されている。
我々が音を聴く時には、それらをある規則に従って分析・再構成する過程が存在すると考えられる。耳には同時に様々な音が入力されるが、それらの音は最終的に様々な聴覚的対象として分離、認識される。聴覚的対象の分離過程においては、様々な知覚的体制化の法則が機能するであろう。
サルとヒトの聴覚特性の比較は、それぞれの種における聴覚系が種特異的な音声―聴覚系依存のコミュニケーションにどの程度特殊化しているかを知る上で興味深い。霊長類の聴覚系はある程度共通した音環境の中で進化してきたと考えられる。例えば、多くの自然音は調波複合音であり、基本周波数の整数倍である倍音成分を含む。これは聴覚世界における物理的な制約であるが、音の聞き手はこのような制約、または規則性を用いることによって、より早く適切に聴覚世界の理解が可能となるであろう。一方で、聴覚における体制化はそれぞれの種にある程度特有な聴覚世界をうまく再構成できるように進化してきたと考えられる。
ヒトの聴覚特性は、音声言語や音楽に適した処理をおこなっている可能性がある。実際にサルの聴覚特性、特に聴覚的体制化の特性について検討した研究は限られているが、一般にヒトの聴覚が音の全体的パターンの処理に優れていることを示唆している。本発表においては、このような聴覚の種差と音声コミュニケーションの関係、およびその神経基盤について考察したい。
back
ヒト新生児・乳児の統計的学習と脳活動
工藤 紀子1)2)3) 野中 由里1) 水野 克己4) 岡ノ谷 一夫1)2)5)
1.理研BSI生物言語チーム 2.千葉大学自然科学研究科
3.JSPS 4.昭和大学小児科 5.PRESTO
目的:分節化とは,音列中に含まれる手がかりを用いて,まとまりごとに区切ることである。我々は,分節化を行うための手がかりのうち,遷移確率に基づく統計的学習に着目した。これまでに,行動実験により8ヶ月乳児が統計的手がかりを用いて音列を分節化できることが明らかになっている(Saffran
et al., 1996)。しかしそれ以前の月齢の乳児にはできないのだろうかという疑問がある。そこで,ヒトはいつから統計的学習ができるようになるのか検討した。
方法:生後直後の新生児と7.5−10ヶ月齢の乳児を対象に,事象関連電位を用いて検討した。刺激として,12音階中の3つの音を組み合わせてこれをひとつのまとまりとした,「偽単語」4種類を用いた(例:GDA#,
F#D#C, C#AF, EG#B)。さらにこの4種類の偽単語を40回ずつ,切れ目なくランダムに繰り返し並べた音列を作成し(例:GDA#F#D#CC#AFEG#B…),被験者にこの音列を2回呈示している間の脳波を記録した(約5分×2回)。
結果:この結果,生後3日以内の新生児の群では,各単語の最初の音に対して,刺激呈示後約300msに前頭部で陽性の電位が得られた。7.5−10ヶ月齢になると,やはり単語の第1音目に対して,刺激呈示から約400ms後に陰性の成分が認められた。
考察:本研究の結果は,生後直後の新生児が,遷移確率を基に統計的学習を行い,連続音声から単語を切り出すことができたことを示唆している。すなわち,統計的学習能力は,言語に非特異的であり,かつ生得的な能力であることが示唆される。また,乳児の脳は生後半年の間に大きく成長し,同時に脳波も3ヶ月から6ヶ月の間にかけて大きく変化することが知られている。統計的学習による分節化を反映する成分が大人型になるのは,生後7.5ヶ月以降であった。行動実験でも分節化能力が観察されるこの時期までに,脳も成熟するものと考えられる。
back
「ヒト幼児の語彙学習と社会的認知」
松井智子
京都大学霊長類研究所
ヒト幼児は2歳前後に語彙を爆発的な勢いで獲得する。言うまでもなく、語彙は幼児が生まれ育つ言語文化の中で、時間をかけて形成されてきた恣意的な社会的システムのひとつである。そのため、個々の語彙はそれぞれ学習される必要があり、その効率的な学習にもっとも適した環境というのは、実際に語彙が社会に共有されたシステムとして機能しているコミュニケーションの場である。この点で、語彙獲得は、言語の音声認識や、文法獲得とは異なり、社会的なプロセスである。
本発表では、このようなヒト幼児の語彙学習に焦点を当て、それが社会的認知能力、とくに伝達意図の理解に支えられていることを明らかにしたい。社会的認知能力に関して、健常な2−3歳児と好対照をなす、健常な1歳児、自閉症児、ヒト以外の動物の語彙学習との比較を通して、意図理解に支えられるヒト特有の語彙学習の特徴を浮き彫りにしたいと思っている。個体発生的な視点から、言語の進化がヒトの社会的知性の進化を基盤として可能になったという仮説に光を当てようとする試みの一環として。
子供が新しい語彙とその指示対象を正しく結びつけるためには、話者の伝達意図の理解が不可欠である。伝達意図の理解とは、最も基本的なレベルで、相手の意図に応じて自分の注意の矛先を変えるということであり、それにより、自己、相手、指示対象の三者から成るコミュニケーションが可能になる。伝達意図の理解は、ヒト健常児の場合、2歳前後から可能になるが、ヒト以外の霊長類には見られないと考えられている。本発表では、第一に、この伝達意図の理解が、2歳児の爆発的な語彙の増加を可能にしていることについて論じたい。2歳児の語彙学習は、より若い子供、たとえば10ヶ月児が、大人の意図などにはまったく無頓着に、自分にとってもっとも関心のあるものと新しい語彙を結び付けてしまうのとは対照的である。10ヶ月児と似たような反応をするのが自閉症児であるが、自閉症児には、伝達意図の理解が不可能であることはよく知られている。
本発表ではさらに、この5年間で明らかになりつつある、語彙学習に見られる、3歳児のより洗練された社会的知性にも触れておきたい。3歳児は、コミュニケーションにおける話し手の知識や確信の有無に敏感であり、高い確信を持つ話し手からは新しい語彙を学習するが、そうでない話し手からは学習しないことがわかってきている。生物の中で唯一、言語を介して他者を直接に知識の源とするヒトにとって、正確な他者の信頼性判断が重要であることは言うまでもないが、この能力が3歳以前から発達することがわかったのはごく最近である。この早期の他者理解は、非典型的なカテゴリー(たとえば鯨が哺乳類であること)の学習にも不可欠であることを論じたい。
back
「語意学習におけるブートストラッピングメカニズム」
今井むつみ
慶應義塾大学環境情報学部
幼児におけることばの学習は非常にパラドクシカルである。ことばの意味は内包と外延の二つの側面からなるが、学習という観点から考えるとこの二つの側面は相互に依存関係にある。つまり、外延は内包によって決定されるが、他方、内包は外延のメンバーの共通性を帰納することによって学習されるのである。
大人が外国語を学習する際は、辞書から定義、つまり内包を得ることができ、それによって外延を決めていくことが可能である。しかし、幼児は辞書を引いてことばを覚えるようなことはしない。つまり、初めて聞くことばについての内包を持っていない。多くの場合、ことばは日常生活の中でごく限られた数の事例(多くの場合ただひとつの事例)と結びついて発話されるのみである。そして哲学者クワインが指摘するように指示対象の一事例からことばの意味、つまり内包を推論し、そのことばを他の対象に般用することは論理的には不可能なのである。
それにもかかわらず幼児は多くの場合ことばの指示対象の一事例を示されただけで自発的にそのことばを般用し、その般用のしかたは理にかなったものであるし、事実、幼児は大人が外国語を学習するときにはとてもまねができないような速度でことばを学習し、レキシコンを構築していくのである。
このパラドックスを説明する鍵として提唱されているのが、語意学習バイアスと言う概念である。ただし、形状類似バイアス、事物カテゴリーバイアス、相互排他性バイアスなどのバイアスは単独ではうまく機能せず、その適用が互いに調整され、制御されないとレキシコンの学習の効率を上げるどころか阻害する場合が多々出現する。
本講演では効率のよいレキシコンの学習のために幼児がどのように語意学習バイアスを用い、その適用を制御しているのか、語意学習バイアスが一般の推論能力やカテゴリー形成能力など、領域全般の認知能力とどのような関係にあるのかを考察し、語意学習バイアスと領域一般の認知能力、概念知識との間のブートストラッピングによるレキシコンの学習のメカニズムについて議論する。
back
光受容タンパク質:ニワトリ、ノックインマウス、霊長類
今井啓雄
京都大学霊長類研究所・遺伝子情報分野
ヒトゲノムに続き、チンパンジー、アカゲザルなど様々な霊長類のゲノム配列が21世紀に入って続々と解読されてきている。この段階までくると、前世紀までは夢物語であった様々な動物の表現型と遺伝子の関係解明が視野に入ってくる。特に、表現型を形成する遺伝子産物であるタンパク質の性質と、それを発現している細胞・組織・個体を結びつけることが重要な研究課題であると考えられる。我々は、視覚の初期過程である光受容を担うタンパク質の性質と、それが発現している視細胞の光応答特性との関係を中心に研究を進めてきた。
多くの脊椎動物の網膜には、薄明視を担う桿体と昼間視・色覚を担う錐体の二種類の視細胞が存在する。桿体の外節に存在する光受容タンパク質ロドプシンは、立体構造に基づいたG蛋白質との相互作用の推定まで研究が進んでいる。一方、錐体に関してはまだ分子レベルで未解明の部分が多い。我々は、錐体の光受容タンパク質に着目してロドプシンとの比較研究を進めてきた。まず、ニワトリの網膜から分離・精製した4種類の光受容タンパク質溶液を用いて、光反応に伴う中間体の生成・崩壊過程を比較した。
その結果、錐体の光受容タンパク質の中間体の崩壊速度や発色団との結合速度がロドプシンよりも著しく大きいことを見出した。また、培養細胞を用いて発現した部位特異的変異体を用いた解析の結果、N末端から122番目と189番目のアミノ酸残基がこれらの反応速度の違いを生み出していることがわかった。しかし、in
vitroで観察されたこのようなタンパク質の性質の違いが視細胞外節膜中でも保存されているのか、また、視細胞の応答にどのように影響するのかが疑問として残される。
そこで、122番目の残基を置換したロドプシンを発現するノックインマウスなどを用いることにより、これらの疑問に答えることを試みた。具体的には、ES細胞を用いたジーンターゲティング法によりマウスの遺伝子を組み換え、桿体視細胞中で発現するロドプシンを部位特異的変異タンパク質や錐体光受容タンパク質に入れ替えた結果、視細胞の応答特性が変化することがわかった。
また、錐体視細胞中で発現するタンパク質の吸収波長帯を変化させ、本来二色性であるマウスの錐体視細胞の種類を三色性に変換することを試みた。
霊長類においてはマウスのような遺伝子置換は容易ではないが、それぞれのタンパク質の性質を比較することにより、機能に対する遺伝子の効果を浮かび上がらせることができる。これらの観察と、マウスなどのモデル動物を用いた証明実験の組み合わせによりヒト化への道の解明に貢献することを目指している。
back
「新世界ザルの色覚多様性が教えてくれること」
河村正二
東京大学・大学院新領域創成科学研究科・先端生命科学専攻
中南米に生息する新世界ザルは同一種内に高度な色覚多型がみられる点で動物界を見渡しても非常にユニークな存在である。一部の原猿類や魚類のグッピーにも色覚の種内多様性の報告があるが、どの程度の頻度なのか、何タイプあるかなど詳細は明らかではない。これらを除けば新世界ザルに多少とも匹敵しうる動物は、実は他ならぬ我々人類である。人類の場合色覚多型とは普通呼ばれず、赤緑色盲、色弱、あるいは色覚異常などネガティブなニュアンスの言葉で呼ばれることが多い。
本セミナーではまず脊椎動物、哺乳類、霊長類、ヒトの視物質オプシンのレパートリーを概観した後、狭鼻猿類(旧世界ザル・類人猿・ヒト)の3色型色覚成立の進化的背景についての知見を紹介する。その上で新世界ザルの色覚多型を理解する上での問題点を指摘し、その解決のためにフィールドワークが必要なことを説明する。私は3年前に野外霊長類研究者との国際共同研究チームを立ち上げ、コスタリカのサンタロサ国立公園でオマキザル(Cebus
capucinus)とクモザル(Ateles geoffroyi)の野生群の観察を開始した。そこから得られてきた成果として、色覚多型が群れという社会集団単位で存在すること、色覚多型維持に平衡選択が働いていること、2色型色覚がカモフラージュ昆虫の採食において優位であること、3色型色覚が果実食において必ずしも優位ではないことなどを紹介したい。また、それらをもとに人類に「色覚異常」が比較的高頻度である理由にも再考を促したい。
back
"網膜生態学"の可能性:サカナとトリと哺乳類
宗宮弘明
名古屋大学・生命農学・水圏動物学
無顎類(ヤツメウナギ)の網膜構造は10層からなり、われわれヒトと基本的に同じである。このことから、網膜の歴史は約5億年あることになる。眼の使い方、眼の回転と遠近調節を司る神経細胞の脳内配置も魚類とヒトでは基本的に同じである。つまり、動眼・遠近調節神経系の歴史も約5億年あると推定される。分子生物学の発展により、4原色(紫外、青、緑、赤)の色覚系が脊椎動物の誕生とともに成立し、暗所視に関与するロドプシンは2次的に緑系の錐体視物質由来と推定されている。今回報告する魚類と鳥類は基本的には4原色、哺乳類の大部分は2原色の可能性が高い。
網膜は視覚情報の取り入れ口である。ことから、その動物がどんな情報を取り入れているかを網膜から調査することが可能となる。その情報の取り入れ方からその動物がどの方向に注意を払い、どの程度の精度で外界を見ているかを推定できる。その営みを
"網膜生態学(retinal ecology)"と定義した。通常は網膜の伸展標本を作成し、脳へ情報を送り込む視神経細胞(retinal
ganglion cell)を計測し、それらの等密度分布図を作成する。
魚類ではテッポウウオについて、鳥類ではヒゲペンギン、哺乳類についてはマメジカを例にその網膜生態を報告する。網膜生態学は機能解剖学の感覚版なので、希少動物の生活様式を推定するのに、特に有効と考えている。最後に少しだけ頭足類、ダイオウイカの網膜生態についても報告する。
back
視覚的注意の神経機構
小川 正
京都大学大学院医学研究科
多くの物体が視野の中に存在する日常の環境において、我々は必要とする物体を探し出す能力をもっている。また同一の視覚環境下であっても、状況に応じて異なった物体を目標として探し出すことができる。このような視覚探索の能力は、少なくとも二つの異なる起源をもつ注意過程よって実現されていると考えられている。一つはボトムアップ型の注意と呼ばれるものであり、眼前に与えられた視覚刺激によって引き起こされる受動的な注意過程である。たとえば、リンゴが多数ある中で1つだけ存在するバナナのように、周囲の物体と色や形の特徴次元で異なる物体は目立ち我々の注意を自動的に引き付ける。もう一つはトップダウン型の注意と呼ばれるものであり、知識や意図によって特定の空間位置や刺激特徴に関心を向ける能動的な注意過程である。
一般的な視覚環境下では片方の注意のみが働くわけではなく、多くの場合は2つの注意過程が同時に働くが、そのような状況下において2つの注意機構が果たす役割はまだよくわかっていない。この問題を調べるため、2つの注意過程が同時に働くことが要求されるが、それぞれの注意過程によるニューロン活動を分離することが可能な多次元視覚探索課題を考案しサルに訓練した。課題では2種類の色と形から構成される6個の刺激が呈示され、その中には色と形次元で目立つ刺激が一つずつ含まれる。サルは目立つ刺激に向かってサッカード眼球運動を行うと報酬が貰えるが、どちらの次元で目立つ刺激を目標とするかは試行ブロックごとに切り替えられる。
課題を遂行しているサル大脳皮質の複数部位(視覚野(V4)、前頭前野(FEF,
area 46)、後頭頂葉(LIP, 7a))から単一ニューロン活動を記録した。V4野とLIP野、7a野のニューロン活動を解析した結果、2つの注意過程が独立に働くのではなく状態依存的な相互作用を持ちながらニューロン活動に影響を与えること、及び、この相互作用によるニューロン活動の増大が最終的に選択される目標刺激の位置表現に寄与していることが明らかになった。このような相互作用は感覚情報から目標情報への変換過程の最も重要な起因要素となっていると考えられる。また、領野間におけるニューロン活動の比較は、感覚情報から目標情報への変換過程における階層性と統合過程の一端を明らかにした。
back
|