第2回ニホンザル研究セミナー

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発表予稿


藤田志歩、杉浦秀樹、光永総子、清水慶子(京大・霊長研) 「ニホンザルの性行動:排卵日〜そのときメスは何をするのか?」

 一般に動物の性行動は生殖に結びつく行動様式である。つまり、オスの体内でつくられた精子とメスの体内でつくられた卵子が受精できるように、オスとメスが交尾をするわけである。性行動は神経系や内分泌系の制御を受ける本能的な行動である。しかし、ヒトを初め多くの霊長類では、性行動が基本的な神経内分泌系の制御を比較的受けにくいとされているが、そのメカニズムや機能については未だ明らかにされていない。
 ニホンザルでは性行動と生殖が必ずしも一致しない。ニホンザルにおける性行動の特徴は、妊娠可能性のない時期にも交尾がみられ、その結果として一回のシーズンの中で長い発情期をもつことである。特に、すでに妊娠している時期でもメスは交尾することが飼育下および餌付け群において報告されている。さらにメスは長い発情期の間に複数のオスと、またそれぞれのオスと何回でも交尾をすることが知られている。今回発表者らは、ニホンザルにおける性行動と生殖との関係を理解するために、メスの性行動が妊娠可能な時期とそうでない時期とで異なるのか、もし異なるのであればどのような違いがあるのかについて調べた。
 宮城県金華山に生息するニホンザルの群れを対象に、1997年9月から12月までメスの行動観察をおこない、同時に糞を採集した。糞は実験室へ持ち帰って生殖関連ホルモンの抽出と測定をおこない、排卵日の推定に用いた。その結果、メスの交尾頻度は妊娠可能性の高い排卵周辺期に最も高くなり、以降急激に減少した。さらにこの傾向は特に群れ外オスが交尾相手の場合に顕著であった。また、群れ外オスとの交尾をみると、排卵周辺期において交尾相手頭数が最も多かった。しかし、この結果からはメスが交尾相手のオスを頻繁に換えたのか、あるいは妊娠可能性の高いメスにオスが積極的に振る舞っただけなのかはわからない。そこで、オスメス両者の相手に対する積極性をあらわす行動指標として相手への接近と立ち去りについて調べた。その結果、相手が群れオスの場合と群れ外オスの場合とでは傾向が異なった。相手が群れ外オスの場合、排卵周辺期において、相対的にみるとオスがメスに接近して、メスがオスから立ち去る傾向が多くみられた。特に交尾の後にこの傾向が顕著であった。すなわち、排卵周辺期に交尾相手としての群れ外オスの頭数が多かったのは、オスのメスに対する積極性は否定できないものの、少なくともメスは交尾が終わると積極的に相手オスを換えるのではないかと考えられる。


堀内史朗(京大・人類進化) 「ニホンザル野生群の性比決定メカニズム」

 ニホンザルは複雄複雌群を構成する.オス間に順位はあるものの,1位オスが必ずしも全てのメスとの交尾を独占しているわけではなく,オス間にはメスをめぐってのコンフリクトが存在する.そのコンフリクトを考えるためには,群れの性比:SSRがどのようにして決まるかを知ることが重要であろう.
 日本各地域に生息するニホンザル野生群をみると,群れサイズが大きな地域ほどSSRが低く,群れサイズが小さな地域ほどSSRが高い傾向がある.このことは今まで理論的に考えられてこなかった.そこで,「大きな群れほど遊動域が広く,隣接群との距離が大きいためにSSRは低くなるのではないか」と考えた.このことを示すには,群れ間距離に差があるが群れサイズには差がない二地域のSSRを調べる必要がある.そこで屋久島西部林道と下北半島の野生群を比較した.前者は群れの密度が高く,後者は群れの密度が低いことが知られている.群れサイズに有意差はないが,SSRは屋久島の方が有意に高いことが分かった.またメスの出産率には両地域で差がなかったので,下北半島のメスが発情していないためにSSRが低いという考えは棄却できる.
 では何故群れ間距離がSSRに影響を及ぼすのか.発表者の仮説は,・群れ間距離が小さいと群れ外オスは容易に複数群を訪れることができる,・隣接群より相対的に群れオスの少ない群れは付近にいる群れ外オスの一斉侵入を受ける,・群れ間で群れオスの数を増やそうとする軍拡競争が起こり,結果群れ間距離が小さい地域ではSSRが高くなる,というものである.ただし群れオス間でもメスをめぐる競争があるため,このメカニズムが働くかどうかは一概にはわからない.そこで数理モデルをつくり,上記仮説の妥当性を検証した.
 数理モデルによる予測は,群れ外オス間で協力関係がないという条件において,群れが近接することでSSRは上昇するというものである.群れオス間の協力は必ずしも必要ではない.群れ外オス間の協力はニホンザルでは知られていないので,数理モデルの予測は実際のニホンザルの生活史を反映していると考えられる.
しかしながら,群れ間距離とSSRの相関については,以下のようにも説明可能である.・群れが近接する地域では群れ間競争が激しい,・隣接群より所属する個体が少ない群れは資源としての遊動域を失う,・メスは,他群に対し優位に立つため,より多くのオスを群れに滞在させようとし,結果群れ間距離が小さい地域ではSSRが高くなる.上記二仮説を検討するため,屋久島と下北半島の,オス−オス間関係,オス-メス間関係を比較する予定である.この発表では,準備段階として,屋久島のデータのみを公開する.


金森朝子(宮城教育大)「金華山における群れ外オスのグル−プ形成と社会交渉」

 野生状態において出自群を離脱した後のオスたちが、どのような社会関係をもって生活しているのかに関しては、不明な点が多い。これは主に、1頭あるいは少数のオスグループで移動するサルの長期追跡や個体識別の継続が困難なためである。これまで出自群を離脱したオスの研究は、群れを出た直後のオスの短期的行動追跡や、捕獲した群れ外オスにテレメトリーを装着して放逐し、移動のルートや距離を明らかにしたものが数例あるのみである。しかし、宮城県金華山島では、小さな閉鎖された島であるため、群れ外オスの分散が限られており、さらに鹿の影響により通年下生えが少なく見通しが良いため、個体識別した群れ外オスを継続的に追跡観察し、自然な状態での生態や行動の研究を行うことが可能である。
 これまでの調査で、群れ外オスは、日常的に1頭だけでいるときと、数頭〜10頭のオスグループを作っているときの、2つのフェーズを持っていること、また、オスグループのメンバーはいつも同じとは限らないことが、明らかになってきた。このように、流動的なグルーピングを行う群れ外オスでは、群れ外オス同士の親和的交渉はその社会関係を形成・維持する上で重要な意味を持つと予想される。群れ外オスが他の群れ外オスと山中で遭遇した時はしばしば、マウンティング→グルーミング→追従という一連の親和的行動をとる。これらの行動は、グルーピングが成立する形成過程と思われる。本研究の目的は、金華山における群れ外オスのグループ形成と、その際にみられる社会交渉の詳細を明らかにすることである。
 季節ごとの主要な食物パッチを中心に、群れ外オスを探し、発見したオスザルを見失うまで個体追跡を行った。追跡中の群れ外オスが移動しているときに、他の群れ外オスと出会い、20m以内まで接近してから離れるまでの間に起こる社会交渉と、オスグループと出会い、合流する際に起こる社会交渉を記録した。
 群れ外オス同士が出会ったときに見られる親和的な諸種の交渉を詳しく観察し、一時的な集団であるオスグループがどのように形成されるのかを分析、検討する。また、社会的交渉から体の大きさや年齢と優劣関係はどう関連しているのか等、通時的なオス同士の関係を検討する。

鈴木克哉(北大・文学研究科・地域システム科学講座)「下北半島の野生ニホンザルによる人間環境への適応と猿害問題の地域社会的側面」

 青森県下北半島佐井村では10年ほど前から野生ニホンザルによる被害が発生している。ここでは,佐井村に生息する6群のうち,もっとも人里に依存した群れであるY群について,被害が発生してから拡大するまでの過程を資料から明らかにするとともに,1999年から2001年まで生態調査を行った。調査は群れを連続追跡し,15分ごとの位置をポイントデータとして,GISソフトArcviewで分析した。実際の農地に50m単位のバッファをかけ土地利用と農地の関係を検討した。群れの広がりを考慮して,ここでは農地から50mの距離内のバッファを「農地」呼ぶ。
 群れの通年の土地利用には,人間環境に依存する季節とそうでない季節があった。猿害という観点からみると,群れの農地利用の形態はここ2年の間に,大きく変化してしまった。群れは1999年の行動域を大きく南北に拡大させ,その結果新しい被害地域が発生した。8-9月の「農地」利用をみると99年には全体の約30%であったのに対し,01年は約44%にまで増加し,農地に対する依存度が大きく増加したことが示唆された。それは行動にも現われた。被害時期(6-11月)においても群れの農地利用には季節変化があることがわかった。01年の6,7,11月と比べて8-10月にかけての農地依存度が非常に高かった。それに伴い農地から200m以上離れた山林の利用頻度は大きく下がった。これには農作物の収穫時期と山中にあるサルの採食物の変化が関係しているものと思われる。
 2001年の農地利用の状況と地域の主な対策法である電気柵の効果について検証したところ電気柵設置農地(19%)と無設置農地(81%)では大きな差があり,99年と同様に電気柵の効果が示された。しかし01年後半はサルに侵入される場面も目撃され,特に10,11月はそれが激化した。人間側の電気柵管理の不徹底はその大きな要因としてあげられる。
 電気柵の管理に限らず,人間側の行動の問題点は多い。それは大きく2つに分けられる。@問題として意識されていない問題。A問題として認識されているが,どうにもできない問題である。そして,それらの行動は地域社会の歴史・文化的な側面やそれにもとづく集団の規範の上に成り立っている場合が多い。生態学的な見解で被害に対する地域的な防除を考慮すると,それらの問題は改善されねばならない。しかし防除政策の一方的な押し付けは地域住民に社会的規範との間で“葛藤”を生じさせる可能性がある。またこのような葛藤が持続し,内発的に事態が改善されない要因の一つとしてさらに考えなければならないのは,地域社会における農業の現代的意味である。下北半島で起こっている猿害とは経済的な被害ではない。人と人との関係を結ぶ“野菜”の被害であり,趣味として農作業の“達成感”の喪失なのである。地域における“被害”というものを再検討する必要があると思われる。


柏原将(京大・霊長研) 「ニホンザルの子どもの社会関係に及ぼす母親の社会関係の影響」

 嵐山E群の1歳から5歳のニホンザルの子どもとその母親14組を対象とし,母親同士の社会関係が子ども同士の社会関係に及ぼす影響について検討した。社会関係の指標としては,近接頻度を用い,子ども同士の近接頻度と母親同士の近接頻度を比較した。
 子どもがメス同士の場合,1歳から5歳まですべての年齢で,母親同士が頻繁に近接しているほど,その子ども同士も頻繁に近接している傾向があった。一方,子どもがオス同士の場合は,1歳のときからすでに,母親同士の近接頻度と子ども同士の近接頻度には関係がなかった。子どもが異性の組み合わせのときは,オスの子どもを対象個体として,メスの子どもとの近接についてみてみた場合,1,2歳のオスでは,母親同士が頻繁に近接しているほど,そのメスの子どもと頻繁に近接する傾向があったが,発達にともなって,3歳や5歳のオスになると,母親同士の近接頻度と子ども同士の近接頻度には関係がみられなくなった。逆に,メスの子どもを対象個体とし,オスの子どもとの近接頻度についてみてみた場合,1歳から5歳のすべての年齢のメスで,母親同士の近接頻度と子ども同士の近接頻度には関係はなかった。以上の結果は,メスは一生を出自群で過ごすが,オスは性成熟の前後に出自群を出て行くという,ニホンザルのオスとメスの生活史の違いを反映していると考えられる。


山田一憲(大阪大・人間科学・比較発達心理学) 「勝山ニホンザル集団におけるみなしごワカメスの社会的関係」


[目的]
 ニホンザルメスにとって母親は、発達初期における保護や養育だけではなく、その後の順位獲得をはじめとする社会化においても重要な役割を果たす。コドモからオトナへの移行期にあるワカメスは、母親との関係が希薄になる一方で、非血縁メスと盛んに毛づくろいを行い、社会的関係を血縁個体から非血縁個体へと広げる上で重要な段階にあるとされる。本研究では、みなしごワカメスの社会的関係を調べ、母親を失うことがこの発達段階のメスの社会化にどのような影響をもたらすのかを検討した。
[方法]
 勝山集団において、ワカメス期に相当する5-7歳齢のみなしごメス18頭と母親のいるメス(以下、非みなしご)11頭、さらに3歳齢のみなしごメス3頭の計32頭を対象とし観察を行った。
[結果と考察]
 受けた毛づくろいの総量は、みなしごと非みなしごの間で違いがみられなかったが、非みなしごが受けた毛づくろいの多くは母親からのものであった。非みなしごが母親から受けていたのに相当する毛づくろい交渉量を、みなしごは同年齢メスとの毛づくろい交渉によって補っていた。さらに、みなしごは非みなしごに比べて、非血縁成体メスから毛づくろいを受けやすいことも明らかとなった。また、非みなしごも、母親と一緒にいない時に非血縁成体メスから毛づくろいを受けやすいという傾向が認められた。これらの結果から、ワカメス期においても母親は毛づくろいを与えてくれる重要な存在であること、そして非血縁成体メスとの毛づくろい関係は、母親がいない方が生起しやすいことが明らかになった。
 非血縁成体メスから受けた毛づくろい量は、みなしごの間で大きな個体差がみられた。従来、母親喪失時の年齢、母親から予測される順位、母親喪失後に獲得した順位などがみなしごの社会的関係に影響を与える可能性として指摘されてきた。この検証として高順位個体との毛づくろい関係をとりあげ、共分散分析を行ったところ、非血縁成体メスからよく毛づくろいを受けたみなしごは、第一位血縁系成体メスから毛づくろいを受けることが多く、共変量として獲得順位の要因が有意であった。一方、その他の要因は関連していなかった。このような高順位個体との親和的関係はみなしごの社会的地位の安定や順位の獲得・維持に繋がると考えられた。
[結論]
 母親を失ったことは、ワカメスの社会的関係に大きな影響を与えていたが、それは必ずしもみなしごの社会化にとって不利なものばかりではなかった。非血縁成体メスとの毛づくろい関係に端的にあらわれたように、母親を失うことによりオトナの社会ネットワークに組み込まれることが促進される可能性も示された。


西江 仁徳(京大・人類進化論)「ニホンザルの「石遊び」行動の発現と伝播--地域間比較を視野に入れて」

 日本各地のニホンザル餌づけ群で、1960年頃から「石遊び」行動と呼ばれる行動が観察されている。発表者は2000年より、京都・嵐山E群のニホンザルオトナメスについて、「石遊び」行動の近接要因を調べてきた。これまでの調査によって、餌場にまかれた餌に対する採食衝動と敵対的交渉からの回避衝動との葛藤状態が、嵐山のオトナメスが「石遊び」行動をする近接要因として 有力であることが明らかになってきた。今回の発表ではこれまでの結果を踏まえて、
 1.「石遊び」行動の起こる文脈の詳細な分析--「石遊び」は暇つぶしか?
 2.アカンボウが「石遊び」行動を獲得する過程と、オトナの「石遊び」行動との違い
 3.ニホンザルの「石遊び」行動の地域間比較--これからの展望
の3つのテーマについて報告する。
 1では、餌まきが「石遊び」行動の発現にどのように影響をおよぼしているのか、という点について考察する。「石遊び」は餌づけ群でのみ見られる行動であり、特に餌まき直後に集中してみられることがわかっている。そこで本研究では、(1)餌まき以外の時間帯に、単独でいる(他個体と一緒にいない)個体に餌を与え、その後「石遊び」行動が起こるかどうか、(2)餌まき直後、餌場周辺で「石遊び」している個体に餌を与え、どういう反応をするか、という2点について実験をおこなった。その結果、(1)では餌をまいたあとほとんどの場合「石遊び」行動は起こらなかった。(2)ではほとんどの個体は「石遊び」行動を中断し、与えられた餌を食べた。これらの結果から、「石遊び」行動は単に人為的な餌まきによって発現するわけではないこと、「石遊び」をしている個体は満腹で暇を持て余しているわけではなくまだ餌を食べようとしていることがわかった。
 2では、コドモの「石遊び」について考察する。嵐山では、「石遊び」行動がはじめて観察されるようになってから20年以上の間、世代をこえて伝承されてきている。この事実は、「石遊び」をしたことがないアカンボウが、何らかの過程で「石遊び」行動を獲得していることを示唆している。本発表では、アカンボウとコドモの個体追跡のデータから、オトナとコドモの「石遊び」の質的な違いや、アカンボウの「石遊び」行動の最初の発現とその文脈について検討する。
 3では「石遊び」行動の地域間比較について今後の展望を述べる。「石遊び」行動は、現在いくつかの地域個体群(嵐山、高崎山など)で観察されている。しかし、これらの個体群間で行動の質的な差異はあるのか、「石遊び」の見られない個体群との違いはなにか、といったことについては詳しく検討されていない。チンパンジーにおいては、地域間で文化的行動のレパートリーの違いやその要因について研究がなされているが、ニホンザルを対象にして、ある文化的行動の地域間比較研究は少ない。本発表では、発表者自身がこれまでにみた地域個体群間の「石遊び」行動の比較(「石遊び」をする・しないも含む)や、その要因となる他の環境条件や餌まき条件について報告する。


早石周平(京大・人類進化)「ヤクシマザルのミトコンドリアDNA変異型の地理的分布と群れ内分布」


 ヤクシマザルは亜熱帯性照葉樹林からヤクスギ林まで多様な植生環境に生息している.半谷氏らの研究によって,サルの食糧となる植物の結実量の差異が,標高帯間の集団密度に影響し,低標高帯で高く,高標高帯で低いことが明らかにされてきた.このように集団密度に差異を産み出す環境は,ヤクシマザルが過去に屋久島一円に分布を広げてきた過程と,オスが群れを移籍することに伴って移動する過程において,何らかの影響を与えることが考えられる.そこで,母性遺伝するミトコンドリアDNA(以下,mtDNA)の変異型の地理的分布から,環境,とくに採食樹木分布がもたらす影響について明らかにしようと試みている.
 また,mtDNAは,母性遺伝する特徴があり,母系社会の群れで生活する動物では,母系集団のまとまりを見る標識として利用できる.したがって,mtDNAの変異型の地理的分布は,母系集団の地理的分布を反映すると考えられる.群れの分裂や消滅,メスの他群への加入が知られているヤクシマザルにおいて,群れ内の母系集団の構造についても明らかにしたいと考えている.
 発表者らは,1999年から鹿児島県熊毛郡上屋久,屋久の両町でヤクシマザルの糞から採取した試料を調製し,遺伝分析を行った.mtDNAのD-loop領域203塩基について,145試料の塩基配列を決定し,6つの変異を得た.
 ヤクシマザルのmtDNA変異の地理的分布の特徴は,次のようにまとめられる.
 ・mtDNAの変異型は多くの地点で得られた試料について同じだった.
 ・それぞれの変異は,203塩基のうち,1か2塩基の置換で区別された.
 一方,群れ内の変異の分布についても,若干の資料が得られている.
 ・群れ内のメスに2つの変異が見られる群れが2つある.
 ・群れ内のオスに2つの変異が見られる群れが2つある.
 現在のところ,変異の地理的分布に植生が直接影響を与えた状況は未分明であるが,これらの結果からヤクシマザルが分布を広げた過程と,オスが分散する過程と,群れ内の変異の分布から考えられることについて,今後の展望も含めて議論したい.