日本学術振興会先端研究拠点事業 第5回HOPE国際セミナー 「シコガ・リンカーンパーク動物園のアフリカ類人猿のための新しい展示施設レーゲンシュタイン・センターおよびアメリカ動物園協会のチンパンジーの種保存計画:チンパンジーの福祉と保全のための2つの事業」 "The Regenstein Center for African Apes at Lincoln Park Zoo and the AZA Chimpanzee Species Survival Plan :Two programs working for chimpanzee welfare and conservation" 日時:2004年10月27日(水曜日) ステファン・ロス(リンカーンパーク動物園行動主任研究員、兼全米チンパンジー種保存計画議長) 公的機関によって維持されている入場無料の動物園が、全米に3つある。イリノイ州シカゴ市内にあるリンカーンパーク動物園はそのひとつである。ちなみに、他の2つはワシントンのスミソニアン動物園とセントルイス動物園である。リンカーンパーク動物園は1868年の創立で全米最古の歴史を誇り、市内の真ん中に位置し入場無料ということもあって、年間入園者数は約300万人である。 広さは32エーカー(1エーカーは約0.4ヘクタールなので、約13ヘクタール/霊長類研究所の本来の敷地全体の約4倍)である。動物園は市の運営だが、市民その他の一般からの寄付で成り立っており、その寄付をマネージメントする独立部署がある。現在、チンパンジーは12個体保有している。最年長は47歳の男性である。ゴリラは13個体を有し、2個体のシルバーバックの男性がいる。 今回の新施設は、寄付者の名前を冠して、「アフリカ類人猿のためのレーゲンシュタイン・センター」という。新しい展示飼育ならびに教育研究施設で、2004年7月にオープンした。これによって、アフリカ類人猿施設全体の広さは、7227uから29575u(約3ヘクタール)へと、約4倍になった。ちなみに総工費は2600万ドル(邦貨で約28億円)で、そのうちの1700万ドル(約18億円)をレーゲンシュタイン家が寄付した。ちなみにレーゲンシュタイン家は、郵便物の封筒にある窓に関する特許等で財をなしたという。 今回のアフリカ類人猿舎は、見た目に美しいだけでなく機能的にも優れた環境エンリッチメントの事例といえる。そこでは類人猿たちがその種に固有な行動を観客たちに見せているからだ。デザインとして特記すべきこととして、床材として厚いチップを敷き詰めた。尿は浸透し濾過されて自然に排出される。したがって掃除の手間は激減し、かつ類人猿たちは快適に暮らしている。室内と室外の運動場がガラスで仕切られていて一体感をかもし出し、すぐに出入りができる。 また類人猿たちの側にイニシアチブのあるしかけがある。つまり、彼らがボタンを押すと、観客の頭上から空気が噴出して人々が驚く。そのようすを彼らが見て喜ぶというしかけだ。飼育動物と観客の「インタラクティブな環境エンリッチメント」という心理学的幸福を高める新しい試みといえるだろう。シロアリ塚を模した装置をガラスの壁のところに設置したので、シロアリ釣りのようすを塚の外側からも内側からも覗くことができる。これには、リズ・ランズドルフというアフリカのゴンベの野生チンパンジーを研究したことのある動物園スタッフの寄与が大きい。また、観客の来ない場所に、タッチセンサー付きのモニターなどを装備した行動・認知実験室があり静謐な環境で研究をおこなうこともできる。 もうひとつの話題として、チンパンジーの種保存計画についてお話しする。全米(北アメリカ)に約3000個体のチンパンジーがいると推定されるが、だれもその実数を把握していない。そのうちの半分以上の約1700個体が、エイズや肝炎の研究素材として、バイオメディカルのための研究施設にいると思われる。約500個体がそうした施設から開放されたリタイアメント・コミュニティーやサンクチュアリにいる。さらに約500個体が個人所有で、いわゆるロードサイド動物園というかたちで見世物になったり、コマーシャルやショーに使われたり、マイケル・ジャクソンの事例のように個人のペットになっている。残る約300個体が、正規の動物園にいる。正規の動物園とは、AZA(アメリカ動物園協会)に所属する動物園のことである。 現在、AZA認定のうちの40動物園に、合計299個体のチンパンジーが飼育されている(ロス氏は、これらのチンパンジーの種保存計画の責任者である)。ちなみに最高齢チンパンジーは60歳だ。AZAは1989年に種保存計画をスタートさせ、現在161種の絶滅危惧種について種保存計画をもっている。チンパンジーはそのひとつである。 したがって、アメリカ動物園協会のチンパンジー種保存計画は、過去14年間の歩みのなかで、それなりに一定の成果を挙げたと評価できる。今後は、他の諸国にこうした試みを広げてグローバルな協力体制を築くとともに、アフリカでの野生集団の保全にも尽くしたい。
(講演和文抄録:文責、松沢哲郎) |