アフリカで進化した類人猿は、中新世の前期と中期のさかいめ(約1600万年前)のころ、アフリカ大陸からユーラシア大陸に進出していったと考えられています。ユーラシアからは、この時期以降、800万年前ごろまでを中心に、いろいろな化石類人猿が発見されています。主な発見地域は、ヨーロッパ〜アナトリア、インド・パキスタンのシワリク地域、そして中国です。
ヨーロッパからアナトリアの地域では、中新世の中期から後期にかけて、ドリオピテクス(Dryopithecus)、オレオピテクス(Oreopithecus)、グラエコピテクス(Graecopithecus またはウラノピテクス Ouranopithecus)、グリフォピテクス(Griphopithecus)など、さまざまな類人猿が生息していました。
インド・パキスタンのシワリク地域からは、シヴァピテクス(Sivapithecus)と呼ばれる大型の化石類人猿が知られています。かつては、シワリクから出た標本のなかで、比較的小型のものはラマピテクス(Ramapithecus)という別の属にされ、人類の祖先だと考えられたこともありました。しかし、その後の研究でラマピテクスの評価はがらりと変わりました。いまでは、ラマピテクスはシヴァピテクスのメスだと見なされて、シヴァピテクスのなかに吸収されてしまいました。シヴァピテクス自体は、保存のよい顔面頭蓋が発見された結果、現生のオランウータンの祖先であろうと考えられるようになりました(もっとも、シヴァピテクスの躰の骨には、現在のゴリラやチンパンジー、オランウータンには見られない原始的な特徴も残っており、シヴァピテクスとオランウータンの系統関係は、必ずしも矛盾なく説明されているわけではありません)。
中国にも、類人猿化石の出た産地がいくつかあります。そのなかで、最もたくさん化石の出ているのは、雲南省の産地です。この省には、800万年前の禄豊(Lufeng)や、それよりやや古い開遠(Kaiyuan または小龍譚 Xiaolongtang)、400〜500万年前の元謀(Yuanmou)といった化石産地があり、大型の類人猿化石が多数見つかっています。最初のうち、これらはシワリクから出ているシヴァピテクスやラマピテクスに同定されましたが、研究が進むにつれて、いろいろな違いがあることがわかってきました。そこで、現在では雲南省から見つかった大型類人猿化石は、ルーフォンピテクス(Lufengpithecus)という別属にまとめられると考えられています。ところで、現在、アジアの類人猿の分布は、東南アジアの半島部から島嶼部が中心となっていますが、この地域からはまだ古い時代の類人猿化石がほとんど見つかっていません(比較的最近の更新世のオランウータンやギガントピテクス Gigantopithecus の化石は若干発見されています)。東南アジア地域で類人猿がどのように進化してきたのか、まだよくわかっていないのです。オランウータンやテナガザルの進化史を明らかにするためには、この地域での化石霊長類の野外調査をもっと進めていく必要があります。数年前から日本の古生物学や地質学の研究者のグループがチェンマイ大学との協力のもとに、タイ北部で古生物学と地質学の野外調査をおこなっています。私も1998年度からこの調査に加わり、タイ北部の中新世の堆積物を中心にして、類人猿化石を探しています。
チェンムアン鉱山(タイ北部):中新世に堆積した亜炭層を露天掘りしている。亜炭層のなかに化石が含まれている。