COE拠点形成プロジェクト・ニューズレター 第3号

COE形成基礎研究費

類人猿の進化と人類の成立

代表:竹中 修(京都大学霊長類研究所)

平成13年3月19日




内    容


1. プロジェクト3年目を終わるにあたって
2. 平成12年度の研究全般について
3. 平成11年度研究成果報告会
4. 第4回公開シンポジウム
5. 「ボルネオ」シンポジウム
6. 第3回サガ・シンポジウム
7. 平成12年度研究成果報告会
8. 「ビリヤ(ボノボ)」シンポジウム


プロジェクト3年目を終わるにあたって

 時の過ぎ去る早さを表す言葉は多い。多くの人達が、過ぎ去ってみれば時の流れはいかにも早いと実感するからであろう。「類人猿の進化と人類の成立」という課題、霊長類進化の研究から人類の成立、そして出来得れば人類の将来を考える生物学的な事実を提示したいと思い企画している。このCOE形成基礎研究費も発足以来すでに3年が経過した。。その時の過ぎゆく早さは、どんな形容詞も正確に言い表してくれないとの改めての実感である。3年目で、学術審議会の先生方から現地ヒアリングを受け貴重な示唆をいただいた。4年目に向け努力する所存である。平成12年9月の名古屋市を襲った洪水の、その日であった。
 霊長類の進化と人類の成立というテーマ、特に、現在・将来のヒトと地球の関係は重いテーマである。仕事柄外国に出張する事も多い。10km上空から見る地球は広大である。ある本によれば、インド洋の大きさは7,600万平方q、平均深度は約4qとのことである。この海水量は計算で約3億立方qとなる。そこでこんな計算をしてみた。人類が60億人として、一人が一分間にバケツ一杯10リットルの水を運んだとする。一時も休まないという全くの仮想計算であるが、インド洋の水をたとえば太平洋に移すのに何年かかるかという計算である。私の計算が間違っていなければの話であるが、一万年という結果であった。この計算はヒト一人一人の持っている力は自然の中で、か細いということを示そうと思い、実は天文学的な数字が出るだろうと考えていた。しかしながら一万年というのは十分想像できる数字で驚いている。ひとえにヒトが持つ60億という人口の重みである。例えば人口10万のチンパンジー全員が同じことをすれば6万倍の時間が必要で、6億年となる。カンブリアの生物爆発の前からずっと続けていなければならない。実は私はこのような数字を考えていたわけで不明を恥じなければと思っている。
 ニューズレター1号の巻頭言では、私自身が考えている本研究計画のいわば背景を、レター2号では人類で頻発する戦争という、サルの社会にはない同種の組織的な殺戮を取り上げた。この号では、ヒトは一人一人の行為はそれほどは大きくはないように見えても、60億の人口となった現在そしてなお増えていく将来、とてつもない規模となり地球全体にきわめて大きな影響を与えるということである。とにかく自分自身の行為を人類と地球全体の規模で考えるべき時にいたっていることを訴えたい。(竹中 修)
     
平成12年度の研究全般について

 研究課題を以下の4班構成で進めた。社会・生態班ではウガンダ国のカリンズの森にチンパンジーの新しいフィールドの確立を目的として特に現地スタッフの訓練を行い、日本人が帰国している場合にも体毛、尿、糞などの非侵襲的試料の収集を開始した。森に5kmの道を500mおきに10本切り、そこを何日かごとに歩き、ネストからの試料採取を行っている。コンゴで試料収集を行いチンパンジーの中部の亜種の試料を採取した。この亜種についての試料は世界的に見て希少である。来年度も継続調査を予定している。タンザニア、マハレ山塊国立公園で、野生チンパンジーが葉を両手で持ち口をつけるという行動が観察されてきたが、何のための行動なのか明らかでなかった。同公園での一年に及ぶ、M集団の調査をおこなった。調査中にリーフグルーミングに使用された葉50枚を回収し、うち1枚に死んだシラミ成虫が付着しているのを確認した。またビデオ記録により、シラミがチンパンジーの下唇から葉へ移され、二つに折り外側からシラミをつぶし、再びシラミを口に戻すのを確認した。この行動は、毛づくろいで除去した外部寄生虫が再び寄生するのを防ぐためにつぶし殺す行動ではないかと考えた。
 形態・古生物班では、類人猿化石を発見したタイ北部チェンムアンにおいて、中新世の化石発掘調査を行い、年代推定や古環境復元に役立つ哺乳類や植物の化石も発見した。ミャンマーで始新世地層の発掘調査を行い、新たな真猿類化石を発見し、始新世東南アジアの霊長類多様性を証拠づけた。また火山灰層を発見し、絶対年代を推定した。4亜属に分類される現生テナガザル類の分岐順を明かにすべく、米国の博物館で、ジャワ島更新世テナガザルの化石資料を調査した。チンパンジーの身体成長と運動発達の縦断的研究を継続し、これまでの追跡個体に今年度、当研究所に誕生した3頭を加え、体組成・喉頭部MRI画像・運動発達等のデータを収集し、ヒト幼児と異なり体脂肪率が4%以下と低いこと等を明かにした。またカメルーンとガボンで類人猿を含む多種霊長類の野外調査を行い、地上・樹上歩行に関するデータを収集した。
 平成12年度はチンパンジーの新生児が3頭誕生したことにより、新生児の行動発達、脳形態、脳機能の発達に関する研究が可能となった。本研究課題に関連する研究としては、運動視覚の発達を1ヶ月毎に計測し、動きの手がかりによって図形を見分ける能力が早くから存在するとの結果を得た。これと並行して、視覚、聴覚、嗅覚による様々な認知機能の発達研究を開始し現在進行中である。脳形態の発達では脳サイズの拡大と髄鞘形成の進行をMRI計測により分析しており、この研究も現在進行中である。また、平成11年度に採取したチンパンジー死産児(胎生224日)の脳の組織標本からヒトを含め類人猿の前帯状回のみに存在することの知られているSpindle細胞がこの時期のチンパンジーの帯状回に既に存在することを確認した。成体のチンパンジーを対象とした研究では、自然概念認識の研究、短期記憶の研究、表情や視線などの社会的手がかりの認知の研究などを行った。これらの研究は、2001年にAnimal Cognition誌やPsychologia誌に印刷中である。また、視覚情報と聴覚情報の感覚統合過程の進化を類人猿とヒトにおいて比較検討した。ヒトの言語知覚において固有にみられる話者の視覚情報の音韻認識への影響と、類人猿における2感覚様相間における知覚統合の系統的連続性を発達的に追跡調査し、また情報処理がおこなわれる際の神経系の半球優位性の有無を分析した。
 分子レベルの研究では、カリマンタン島のテナガザル数群の血縁判定を行った。これにより森林火災により棲息地の縮小、惑乱によりテナガザルの両親は、その元を離れた息子が見つけた嫁、離れた娘が見つけた夫のペアーと棲息地を重複させることを許す柔軟性を持つことが明らかになった。純然たるペアー、なわばり型とされていたテナガザル社会の全く新しい側面がDNA分析により明らかとなった。またチンパンジー、ニホンザルなどで非侵襲的試料による性判別方法を開発し国際誌に投稿した。ゴリラの体毛を使用し地域集団の遺伝的分化を分析している。(竹中 修)


平成11年度研究成果報告会

日時:平成12年3月10日、13:30 - 18:00
場所:京都大学霊長類研究所、本棟1階大会議室
 平成11年度の本研究プロジェクト成果報告会が下記のプログラムで行われた。本研究の特徴は「類人猿の進化と人類の成立」という中心テーマに向けて、様々な手法で取り組んだ成果を持ちより統合することにより、個別の研究では成し得なかった大きな目標に近づくことにある。報告会では、本プロジェクトに参加する研究者が通常は異なる分野として個別に進められてきた研究をお互いに共通の言葉で議論すべく努力が払われ、成果をあげた。

プログラム

竹中 修  研究の目指すところ、類人猿のDNA研究

濱田 穣  霊長類の体組成

国松 豊  アジアにおける類人猿化石研究の展望

鈴木 晃  オランウータンの母子関係

橋本千絵  ウガンダ・カリンズ森林のチンパンジーの生態学的研究:フィールドワークとDNA分析

小川秀司  タンザニア疎開林地帯のチンパンジー生息地の現状

五百部裕  サルはどのようにしてチンパンジーに食べられないようにしているか

松沢哲郎  野生チンパンジーと野生オランウータンの行動研究の展望

三上章允  霊長類の脳の機能、形態画像

林 基治  胎生期チンパンジー帯状回におけSpindle Cellについて

平井啓久  反復配列DNAのゲノム内分化を指標としたヒト上科の進化:リボソームDNAとβサテライトDNA

景山 節  類人猿における消化酵素の多様性と進化

(尚、この講演要旨については、「研究成果報告集」として冊子を作成中です。)


第3回公開シンポジウム

日時:平成12年7月5日〜6日
場所:京都大学霊長類研究所、本棟1階大会議室

「分子からの霊長類学へのアプローチ」

プログラム

河村正二  視物質遺伝子からみた新世界ザルの色覚の進化

肥田宗友  チンパンジー、カニクイザル完全長cDNAライブラリー作製と解析

ユー・スンスク ニホンザル精巣における発現遺伝子、年齢変化

竹中晃子   レトロポゾンと霊長類の進化

野田令子、斉藤成也  霊長類におけるABO式血液型遺伝子の進化

斉藤成也   類人猿ゲノム計画Silverの現状と展望

川本 芳、毛利俊雄、吾妻 健、石上盛敏  ミトコンドリアDNAを用いた種判別-沖縄県首里城出土マカク古骨の事例-

井上(村山)美穂、新美陽子、安藤さとみ、三谷宏明、竹中 修、伊藤眞一、村山裕一  霊長類における神経伝達物質関連遺伝子の進化

成田裕一、景山 節  霊長類、特に類人猿における胃消化酵素、ペプシンの進化

橋本千絵、早川祥子、竹中 修  DNAからなにが見えるか、野生集団の生態、社会関係、社会構造の分析

竹中 修、橋本千絵、早川祥子、高崎浩幸  How to get DNA from wild primates noninvasively 

要旨

 COE形成基礎研究「類人猿の進化と人類の成立」では、サポートを受けている5年間、2回の国際シンポジウムと、毎年一回の国内公開シンポジウムを計画した。初年度はいわば立ち上げのためのシンポジウムでこれはニューズレター1号にまとめを掲載している。第2回は平成11年 7月に「マハレのチンパンジー:調査開始35年を来年にひかえて」とのテーマのもとに開催した。タンザニア国のマハレは研究分担者の西田教授が開拓したフィールドであり、日本の野生チンパンジー継続研究の重要拠点の一つである。この会合の要旨もニューズレター2号にまとめられている。
 第3回の公開シンポジウムを企画し、表記のテーマとした。本COEでは動物社会・生態、形態・古生物学、脳・認知科学、遺伝子の班構成としており、各分野を主体とした公開シンポジウムを順次開催して成果と将来構想の構築をと考えているからである。今年度は分子のレベルでの研究を取り上げ平成12年 7月初旬に開催した。
このレターに発表者と演題をまとめた。いずれもDNAの研究である。ヒトゲノム計画の完了を視点に入れた、チンパンジー、カニクイザルでのcDNAライブラリーの解析、類人猿ゲノム計画の現状と展望を初めとし、霊長類の進化の過程で遺伝子の重複と三色色覚獲得の基礎の視物質遺伝子の進化、霊長類の血液型物質遺伝子の進化、遺伝子進化に影響を与えるゲノムに入り込んだレトロポゾン、人類進化の過程での肉食の獲得と関係すると考えられる胃のタンパク分解酵素の遺伝子、ヒト化により複雑性を増していると考えられる神経伝達物質関連遺伝子進化の発表を依頼した。また、野外でのフィールド調査におけるDNA分析の応用とその可能性、尿や糞など非侵襲的な試料によるDNA解析の発表もお願いした。最後に沖縄県首里城後で発見されたニホンザルの考古学的骨試料を用いたDNA分析により、それらは屋久島からつれてこられたサルであることの証明というユニークな研究発表もあった。これらの発表の多くとそのほかの数編を加え、日本霊長類学会機関誌の「霊長類研究」16巻第 2号に約 100ページの論文集として収録されている。(竹中 修)



「マレーシア・ボルネオ」シンポジウム

日時:平成12年8月12日〜13日
場所:京都大学霊長類研究所、第2会議室
「マレーシア・ボルネオに生息する霊長類および中・大型哺乳類の行動・生態・保護」

プログラム

「ボルネオの霊長類及び中・大型ほ乳類の多様な研究」

松沢哲郎  ボルネオに生息するオランウータンの広域調査

三谷雅純  キナバルタンガンのテングザル

松林尚志  ボルネオ産マメジカの生態

保野濃子  オランウータンの顔の形態

平田 聡   リハビリセンター及び野生オランウータンの行動と認知

大橋 岳  オランウータンの道具使用行動と対象操作

渡辺邦夫  ボルネオボルネオの霊長類及び中・大型哺乳類の生態

「パネルディスカッション・ボルネオに生息する動植物の研究と保護の展望」

松沢哲郎、松林尚志、保野濃子、平田聡、大橋岳 セピロク地域の研究・保全の現状と展望

松沢哲郎、田中正之、三谷雅純 キナバルタンガン、ダナム・バレー、タビンの3地域の現状と展望



第3回サガ・シンポジウム

京都大学霊長類研究所共同利用研究会
期日:2000年11月9日−10日 
場所:犬山国際観光センター「フロイデ」
協賛:文部省COE形成基礎研究費
後援:犬山市

一般講演:ジェーン・グドール
   「野生チンパンジーの親と子の絆」
「大型類人猿の研究・飼育・自然保護-現状と未来-」

プログラム

第1日目

分科会1 飼育と繁殖、座長:松林清明、吉原耕一郎

分科会2 生息と保全、座長:五百部裕、山極寿一

分科会3 福祉と倫理、座長:友永雅己、上野吉一

開会挨拶  松沢哲郎(京大・霊長研) 

セッション1 大型類人猿の新しい飼育施設と繁殖
   (座長:松林清明)

吉原耕一郎(多摩動物公園)  新しい類人猿舎の紹介 

北村健一(円山動物園)  新しいチンパンジー舎の紹介

小林久雄・上坂博介・早坂郁夫(熊本三和化学霊長類パーク) 新しいチンパンジー研究飼育施設の紹介 

道家千聡・松林清明、(京大・霊長研)  本年出産した三組のチンパンジーにおける周産期の概要 

黒鳥英俊(上野動物園)  ローランド・ゴリラの出産 

篠田謙一(佐賀医科大学)  ミトコンドリアDNAの塩基配列を用いたチンパンジーの亜種判定 

米本昌平(三菱生命研)  生殖細胞/胚利用における社会的制約システム

伊勢田哲治(名大・情報文化)  ヒトとヒト以外の動物の扱いの質的な違いに関する哲学的考察

指定討論者:竹中修(京大・霊長研) 

ポスター発表

一般講演  ジェーン・グドール
「野生チンパンジーの親と子の絆」 

第2日目

セッション2 類人猿の生息現況と21世紀の保護計画へ向けて−戦争とブッシュミート−(座長:五百部裕) 

加納隆至(京大・霊長研)  謎の多いアフリカ南限のチンパンジー

山越言(京大アフリカ研)  チンパンジーの「緑の回廊」ギニア・ニンバ・ボッソウ地域における生息地コリドーづくり報告 

古市剛史(明治学院大)  ボノボの現況と保護対策 

山極寿一(京大人類進化論)  コンゴの内戦とゴリラの危機−最新のゴリラ生息数調査から 

ジェフ・デュパン(京大・霊長研COE)  The effect of logging on bush-meat hunting in the Democratic Republic of Congo: a case report. 

マーク・アットウォーター(京大・霊長研COE)  Do Primate Sanctuaries in Africa Have a Conservation Role? 

指定討論者:橋本千絵(京大・霊長研) 

セッション3 特集テーマ−生命倫理・動物福祉−
(座長:上野吉一・友永雅己)

板倉昭二(京大・文) 自己・他者に関する認識能力に対する福祉的配慮 

中道正之(阪大・人科)  大型類人猿の社会的能力とその発現の重要性 

マイク・ハフマン(京大・霊長研)  病と死にたいするチンパンジーの予見能力 

濱田 穣(京大・霊長研)  成長パターン比較から展望する霊長類の発達・加齢 

川端裕人(フリーランス)  ニムをめぐって−類人猿と付きあうことの「責任」 

議論 

セッション4 研究−最近のトピックス−
(座長:竹中修) 

斎藤成也(遺伝研)  類人猿ゲノム計画"Silver" 

松沢哲郎・友永雅己・田中正之(京大・霊長研)  チンパンジー新生児の認知研究プロジェクト 

西田利貞(京大・人類進化論)  野生チンパンジーにおける文化:群れの中での個体による違い (ただし、演者の体調不良により発表キャンセル)

閉会挨拶に変えて−SAGA4に向けてのアナウンンス−

伊谷原一(林原自然博物館)

分科会1 飼育と繁殖、座長:松林清明、吉原耕一郎

分科会2 生息と保全、座長:五百部裕、山極寿一

分科会3 福祉と倫理、座長:友永雅己、上野吉一 

要旨

 サガ(SAGA)と名づけられた、大型類人猿の研究・飼育・自然保護に関する集いの第3回目である。毎年1回、この季節に、研究者だけでなく、動物園関係者や一般の方々の参加をえて、動物福祉と野生保全に関する討議をおこなってきた。
 1日目のセッション1では、大型類人猿の飼育にかかわる問題などを考察した。2000年に、15mの高さの塔を備え、植樹もされた、広い屋外運動場をもつチンパンジー舎が、東京の多摩動物公園、札幌の円山動物園、熊本の三和化学霊長類パーク、の3施設でオープンした。さらにもうひとつが現在計画されている。こうした従来の「景観重視型」展示に対する、新しい「機能重視型」展示の思想を取り入れた施設を紹介した。また今年は、ゴリラやチンパンジーの出産・繁殖をめぐる話題があった。
ポスター発表では54件の発表があった。広い意味で大型類人猿にかかわるものであれば、とくに対象種は問わず、研究・飼育・自然保護の広範なトピックスについて、発表がおこなわれた。
 1日目の夕べには、一般の方に向けた、ジェーン・グドール博士による、野生チンパンジーの母と子の絆の深さについての講演がおこなわれた。同時通訳をつけたこともあり、一般の方も多数来場され、約500人収容の会場はほぼ満員の盛況であった。
 2日目のセッション2では、野生の大型類人猿の現状について考察した。野生大型類人猿は現在、かつてない危機に陥っている。その最大の原因は生息地周辺の政治状況の悪化によって、大規模な森林破壊や密猟が頻発している。とくに、アフリカの類人猿の現況は深刻で、このままでは近い将来大規模な人為的介入によって野生のポピュレーションを復活させる事態になることも予想される。その際、類人猿の地域個体群としての遺伝的な固有性、生態学、社会学的特性をどう考えていったらよいのか。研究者の間では種や亜種の分類基準をめぐって未だに論争が続いている。新しい発見や地域的な絶滅によって類人猿の分布地図も刻々と塗り替えられている。こうした状況を再確認し、野生の類人猿を保護するためにいかなる方策が可能か。今、私たちがなし得ることは何かについて討論した。 
 セッション3では、動物福祉、について考察した。ヒト以外の動物にかんする理解が進み、また彼らに対する社会的な関心も高まり、いわゆる「実験動物」や「展示動物」に対しても福祉的配慮を向けることは必要不可欠なものとなった。しかしそれは、動物の実験や展示を全面的に否定するものではない。わたしたちは、ヒト以外の動物を研究や教育に用いることを肯定すると同時に、彼らのくらしに最大限の配慮をするという意識・態度を持たなければならないと言える。いわゆる動物実験で言えば、用いる動物の数を減らすということから始まり、実験動物の飼育方法、研究上の動物の取扱い、さらには実験後の動物の処遇について、十分に目を向けていかなければならない。しかし、動物種によりそれぞれ異なる特性を持っているため、それを無視した、包括的・一般論的な配慮だけでは足りないと思われる。それぞれの種の特性に関する知識にもとづき、どの範囲に対して何をどのように配慮すべきか、具体的な方策についての検討をおこなった。 
 セッション4では、大型類人猿を対象とした研究の中から、遺伝子研究、認知研究、野外における生態研究における最近の3つの話題について報告が企画された。 
最後に、次回第4回シンポジウム開催地である岡山県の林原自然博物館・類人猿研究センターの伊谷原一氏からの挨拶があり、閉幕した。次回開催は、2001年11月15−17日に予定されている。サガ・シンポジウムは、今後も毎年、回を重ねていくことで、大型類人猿をはじめとするヒト以外の生命に対して敬意と配慮をもつ契機となることを目指している。



平成12年度研究成果報告会

期日:平成13年3月9日13:00〜18:00
場所:霊長類研究所 1階大会議室

プログラム

竹中 修  はじめに:類人猿研究の将来

高井正成 (京都大学霊長類研究所)  ポンダウン霊長類(始新紀)の系統的位置付け

辻川 寛 (京都大学・理・自然)  サンブルピテクスの生活環境復元を目指して-中期中新世ウシ科化石
分析による古環境復元− 

茶谷 薫 (京都大学霊長類研究所・日本学術振興会)  サル類との比較から見た霊長類のロコモーション発達

大蔵 聡 (農水省・畜産試験場)  霊長類の性成熟に関与するシグナル物質 

小池 智 (都神経科学総合研究所)  類人猿の視物質遺伝子の多型性 

三上章允 (京都大学霊長類研究所)  チンパンジーの脳の生後発達 

友永雅巳 (京都大学霊長類研究所)  チンパンジー乳児の認知発達 

田中正之 (京都大学霊長類研究所)  チンパンジーにおける自然物概念の形成と表象様式 

上野有理 (京都大学霊長類研究所)  チンパンジー新生児における味覚の発達 

Jef Dupain (京都大学霊長類研究所)  Chimpanzees and gorillas in non-protected areas in Cameroon. A diversity of potentials for conservation.- 

坂巻哲也 (京都大学・理・人類)  チンパンジーのアイサツ交渉と長距離伝達手段:予報 

岡 輝樹 (京都大学霊長類研究所・日本学術振興会) 環境変化に対するテナガザルペア型社会の適応性 

総合討論:西田利貞・山極壽一・鈴木滋・伊藤詩子・座間耕一郎・高野智・ 他

要旨

「類人猿研究の将来」

社会・生態、形態・古生物学、脳科学、遺伝子の4班から成る本研究計画を発足させ進めていく過程で、計画の初期のそれぞれの分野における研究の深化と後半における分野間相互の協同研究を進めることを計画した。社会生態とDNA分析の協同研究の将来への期待像を示した。インドネシア、カリマンタン島のテナガザル群のDNA分析による彼等の社会構造可塑性の解明は世界に先駆けるものであったが、それに加え1)体毛、尿、糞等の非侵襲的試料によるウガンダ、カリンズの森でのチンパンジーのネストグループの性判別と彼等の社会構造のダイナミックスの解明、2)長い観察記録を持つ東アフリカ・タンザニアのマハレ群、西アフリカ・ギニアのボッソウ群での父子判定、3)中央アフリカコンゴにおけるチンパンジーの中央部亜種と東、西アフリカ亜種との遺伝的分化やゴリラの亜種間差等DNA分析による類人猿亜種間の遺伝的分化研究に加え、インドネシア・カリマンタンのオランウータンの遺伝分析等が計画されている。これらはCOE関連日本学術振興会特別研究員、日本学術振興会特別研究員等による遂行が期待され、研究課題とその展望を紹介した。(竹中 修)

「ポンダウン霊長類(始新世)の系統的位置づけ」

ミャンマー中部のチンドウィン川西岸に広がる中期始新世末期の地層(ポンダウン層)から見つかっている複数の霊長類化石について、その形態学的特徴と系統的地位
について検討を行った。
ポンダウン層からはこれまでにバヒニア・未記載の中型霊長類・アンフィピテクス・ポンダウンギアの4種類の霊長類の化石が見つかっている。このうちバヒニアは小型の霊長類で、中国で見つかっているエオシミアスの仲間と考えられている。アンフィピテクスとポンダウンギアは10kg弱の大型霊長類で、同じアンフィピテクス類としてまとめられる可能性が強い。未記載の霊長類は1kg程度の中型霊長類で、新属新種として記載される予定である。
これらの霊長類はエジプトのファユムから見つかっている初期真猿類よりは年代的に古く、また原始的である。その系統的位置はまだ確定的なものではないが、初期真
猿類である可能性が高い。(高井正成)

「サンブルピテクスの生活環境復元をめざして
 −中期中新世ウシ科化石分析による古環境復元−」


後期中新世ヒト上科化石サンブルピテクス・キプタラミは北ケニア・サンブルヒルズ地域のナムルングレ累層(9.5Ma)から見つかっている。この地域では哺乳類化石の数が多く、100以上の偶蹄目ウシ科化石も見つかっており、Miotragocerus sp.、Pachytragus sp.、Gazella sp.、Antidorcas sp.、gen. et sp. nov.の5属が同定されている。化石種の分類や形態、現生ウシ科の生息情報との対応から、当時のサンブルヒルズ地域はサバンナ的な開けた環境であったことが示される。このことは、他の哺乳類化石で草原性・生草食いのウマ科ヒッパリオンが多いこととも一致する。サンブルピテクスは森林環境に生息していたと思われる前・中期中新世ヒト上科と比べ樹木の乏しい環境に生息していたと考えられる。(辻川 寛)

「サル類との比較から見た霊長類のロコモーション発達」

霊長目は複雑な支持基体=樹上で適応放散してきたため、多様な運動を行い、それに見合った多様な運動器官形態を有するに至った。また成長期間は他目哺乳類よりも長く目内変異もある。個体は成長期間中様々な形質と共に運動能力を発達させ、一人前の生物的活動が可能になる。以上から考えて運動発達研究は興味深いテーマだが、野外研究や身体成長や環境等との関係を踏まえた研究は少ない。今回ニホンザル、パタスモンキーの運動とその発達を野外調査し、野生チンパンジーが多用する四足歩行の発達を飼育個体でビデオ分析し、過去に発表されている研究と併せて類人猿の運動発達の特徴を考察した。類人猿はオナガザルと比べ全成長期間を基準とした相対的な運動独立時期が遅い、オナガザルは採餌独立が運動独立よりも先行するが類人猿は採餌と運動の独立が同時期に起こる、同一系統群内では地上性の強い種の運動独立が早い、などの点が示唆された。(茶谷薫)

「霊長類の性成熟に関与するシグナル物質」

ヒトおよびマウスを対象とした研究から、脂肪組織において産生・分泌されるペプチドであるレプチン分泌の亢進が性成熟開始シグナルとなる可能性が示唆されてきた。しかし、アカゲザルでは血中レプチン濃度変化と性成熟過程の開始期との間に相関はなく、レプチンの性成熟過程開始シグナルとしての働きについては否定的な見解が出されている。そこでわれわれは、ニホンザルをモデルとして霊長類の性成熟過程と血中レプチン濃度の変化を比較検討し、性成熟過程におけるレプチンの役割を調べた。これまで、メスニホンザルにおいて繁殖期にレプチン濃度の亢進が見られる個体が観察され、季節による変動の存在が示唆されたが、性成熟過程に相関した変化は検出できていない。アカゲザルではレプチン分泌の日内変動パターンの変化が、性成熟の開始を引き起こすとの
報告が最近出ており、採材法、アッセイ法などの確立を含めより詳細な検討が必要であろう。(大蔵 聡・鈴木樹理・早川清治・濱田 穣)

「類人猿の視物質遺伝子の多型性」

ヒトをはじめとする旧世界霊長類は3色性色覚を有している。この3色性色覚はlong- (L), middle-(M), short-wavelength-sensitive pigment(S)の3種類の錐体視物質
をもつことに起因する。LとM遺伝子は約四千万年前に遺伝子重複によって生じX染色体上にタンデムに並んでいる。ヒトでは両者間で多くの非相同的組み換えが起こり、ひとつが欠損したり、2つの遺伝子が融合したものができていわゆる色盲、色弱となる。ヒトにおいてはこのような多型は男性の8%にも及ぶといわれている。また正常
色覚者でも余分なM遺伝子を持つものが多数をしめている。このような多型の起源を探るため、今回65頭のチンパンジーについてPCR-SSCP法などによって多型解析を行った。今回の解析で色弱と思われるチンパンジーが1頭見つかったが、残りは正常色覚であると判定された。従ってチンパンジーでは視物質遺伝子の多型性はヒトと比較して低いと考えられた。(小池智)

「チンパンジーの脳の生後発達」

3頭のチンパンジー幼児の4ヶ月、6ヶ月、9ヶ月齢における脳形態をMRIを用いて計測し以下の結果を得た。(1)発達期におけるチンパンジー脳のサイズの拡大は、3ヶ月で約2ミリの前後長の拡大を示した。この拡大のスピードは3頭でほぼ一致していた。(2)いずれの個体も大人のチンパンジーに比べて髄鞘化の発達が未熟で、この髄鞘化の遅れは前頭部で特に遅い傾向を示した。(3)左右大脳皮質のマクロ形態、特に側頭平面に相当する部分の左右差は個体毎に異なり、一定していなかった。左右差については髄鞘化の遅れのため画像が鮮明さを欠くことによる誤差もあるため今後の検討が必要である。(三上章允)



「チンパンジー乳児の認知発達」


 2000年4月から8月にかけて、京都大学霊長類研究所では3頭のチンパンジーの赤ちゃんがあいついで生まれた。これらの赤ちゃんは、無事それぞれの母親に抱かれて育てられている。現在、これらの赤ちゃんを対象に、認知、行動、形態、生理などさまざまな側面からの発達研究が所内外の共同研究者との連携のもとで行われている。そのうち認知・行動発達については、母親に抱かれた赤ちゃんとヒト実験者が検査ブースに同居して種々の検査を行っている。これまで、新生児模倣、顔の認識、視覚認知発達、音声の発達、嗅覚味覚の発達、社会的認知の発達、母子缶の相互交渉の発達的変化などの検査が縦断的になされており、比較認知発達の観点からの分析が進んでいる。また、母子が共存するという場面を利用した知識の社会的伝播の発達的研究に向けての取り組みも開始されつつある。(友永雅巳)

「チンパンジーにおける自然物概念の形成と表象様式」

 
成体雌チンパンジー3個体を対象にして、自然物概念における表象様式を検討した。被験体は、モニターに提示される12枚の自然物写真の中から、3枚ある花の写真を選択することを訓練された。その後の新奇な自然物の写真刺激を用いた般化テストを行った。3個体とも統計的に有意な正答率を示したが、各個体間で成績は大きな差が見られた。各チンパンジーの選択傾向を分析した結果、最も成績の悪かった個体が一貫して選択していた刺激は、他の2個体でもほぼ一貫して選択されており、選択傾向に共通性が見られた。その多くは、中央に大きく花が写されたもので、背景との色彩的な対比の強いものだった。次に、画像処理によって写真の情報をさまざまに欠落させた刺激によるテストを行った結果、2個体ではほとんどのテストで統計的に有意に高い正答率を示し、チンパンジーが部分的な視覚情報だけで課題を解いていたのではないことが示唆された。(田中正之)

「チンパンジー新生児における味覚の発達」

 本研究は、チンパンジー新生児における基本4味(甘味、塩味、酸味、苦味)にたいする反応の発達を明らかにすることを目的とする。そのために、2000年京都大学霊長類研究所に生まれたチンパンジー3個体を対象として2つの実験をおこなった。1つは味覚刺激にたいして表出される表情反応をもとに、異なる味覚刺激をそれぞれ知覚できるかを検討するものである。もう1つは溶液の相対摂取量をもとに、各味覚刺激にたいする嗜好性を検討するものである。結果、異なる味覚刺激にたいしてそれぞれ特徴的な表情反応がみられたことから、チンパンジー新生児は少なくとも2週〜1ヶ月齢の時点で基本4味を異なる味質として知覚していると考えられた。また、少なくとも5ヶ月齢の時点で、各味覚刺激によって溶液の摂取量、摂取行動に違いがみられ、各味質により異なる嗜好性をしめすことが明らかとなった。(上野有理)

「Chimpanzees and gorillas in non-protected areas in Cameroon.」

 Cameroon is covered by about 200,000km2 of forests. This area can be assumed as suitable habitat for both chimpanzees and great apes. However, due to logging and hunting, the situation is changing rapidly. Few areas are officially protected. The great apes living in these areas risk to become isolated populations, surrounded by an increasing human pressure. Alternative approaches for the conservation of the great ape population in Cameroon will be necessary. In 2000, we conducted a small-scale great ape survey in two non-protected areas. Density was estimated using the Standing Crop Nest Count method (Furuichie et al., 1997; Hashimoto, 1995; Plumptre & Reynolds, 1996). Area 1 was in the Polo Safari Concession, 1000km2, situated south of the Lobeke National Park. We encountered 1.5 gorilla nests en 2.2 chimpanzee nests/km. For comparison, in the Lobeke Reserve, Usongo (1998) encountered 1,1 and 0,6 nests/km resp.. Area 1 is protected by the manager of the safari concession. He estimate that 12 clients/year would allow him to effectively protect the concession (G.deGentilly, pers.comm.). His approach fits the suggestion of Wilkie and Carpenter (1999) of Safari hunting as a possible source of revenu for the management of protected areas. In this case, the Safari hunting concession is aimed to be the protected area. This approach is especially suitable in areas with a low human population. Area 2 is situated at the border of the Dja Faunal Reserve. The forest block surveyed is situated along a logging road, is highly accessible, and has been logged about 15 years ago. Using Distance Sampling, we estimate densities of 3.6 and 1.1 ind/km2 of gorillas and chimpanzees. This is even higher than the estimated densities in the Dja Faunal Reserve (1.7 and 0.8 gorillas and chimpanzees/km2 (Williamson and Usongo, 1996)). Further study will provide insight as to why this area maintains high ape densities despite high hunting pressure (Auzel and Dupain, in progress). We discussed possibilities for future activities with the local population. According to the New Forest Law of 1994, the local people can submit a proposal for the creation of a Community Forest to the government. This will be done in the near future. Scientific research will become part of the management plan. In this way, we hope to set up and further study possible alternative approaches for the conservation of the great ape population in this non-protected area. (Jef Dupain)

「チンパンジーのアイサツ交渉と長距離伝達手段:予報」

 チンパンジー社会は離合集散し、「アイサツ」として、威嚇ディスプレイと服従行動を取り交わす相互行為をする。この威嚇/服従相互行為で非相称な役割をペアーごとに固定することで、順位社会が成り立つ。本発表では、約33時間の個体追跡によるデータから対面的相互行為を非相称性の点で記述・分類し、それぞれの相互行為での役割がペアーごとにどう繰り返されるかを分析することで社会組織化の問題に一つの理解を与える方向性を示した。また、威嚇/服従相互行為が相補性を強め大発声を伴うと、声の届く範囲の他個体との間であらたな相互行為が生じる可能性を指摘した。このことは、個体間の関係ム役割と同時に対面的相互行為間の関係ム役割の存在を含意し、社会組織化の問題として今後取り上げるべき重要な点である。調査は、1999年10月から約1年間、タンザニアのマハレ山塊国立公園のチンパンジー(M集団)を対象に行われた。(坂巻哲也)

「環境変化に対するテナガザルペア型社会の適応性」

 インドネシア東カリマンタン州の低地熱帯林に生息するミュラーテナガザルのペア型社会が環境変化にどのような影響を受けているのかについて調査した。大規模森林火災後,半数以上の果樹が枯死した被災状況を反映して,家族群の行動圏は2〜3倍に拡大した。また,個体の消失,移動に伴って家族群の崩壊,ペアの入れ替わりも確認された。さらに,性成熟後に分散していた若雌雄は被災後それぞれのつがい相手を伴って出自群に戻り,親と行動圏を重複させた。この重複行動圏内には各ペアによるモザイク状の排他的利用地域が確認され,それらは森林の回復とともに増加した同性間のコンフリクトに伴って拡大した。テナガザルにおけるペア型社会について,『ペアの結びつき』と『なわばり制』については異なる観点から考える必要があると推察された。(岡 輝樹)


「ビリヤ(ボノボ)」シンポジウム

期日:平成13年3月17日9:30〜14:30
場所:霊長類研究所1階大会議室
「ビリヤ(ボノボ)研究の現状と未来」

プログラム

西田利貞  ビリヤ研究−事始めの頃

Jef Dupain Time budget and diet of Pan paniscus in the wild and in a captive population

黒田末寿  ロッキング・ジェスチャー:COME!の見直し

榎本知郎  遊び・性・行動の意味論

古市剛史  ボノボのメスはなぜ消極的?−発情期間と性行動の再検討

橋本千絵  ボノボの性行動と集団間移籍

伊谷原一  ボノボの集団間関係

総合討論:(コメンテーター加納隆至、田代靖子)
 野生状態での社会や生態に関する情報が、1970年代に入るまではほとんど皆無であった「最後の類人猿」ビリヤ(ボノボあるいはピグミーチンパンジーとも呼ばれる)の研究は、1972年の西田利貞教授による予備調査をきっかけに開始された。翌年の広域調査を経て、加納隆至教授をリーダーとするワンバでの集中調査が軌道に乗り、数多くの成果があげられてきた。加納教授が退官を迎えるのを機に、これまでの成果を総括し、これからの道を展望する研究会が霊長類研究所で開催された。
プログラムにあるように、午前中のセッションでは4名の演者が、初期の野外研究史の紹介と飼育状況を改善する上での野生からの資料の有効性、ロッキング・ジェスチャーという独特な行動の再検討、遊びと性行動の意味論についてそれぞれ話題を提供した。午後のセッションでは3名の演者から、チンパンジーと比較した雌の性行動の特徴、近親交配回避モデルからみた雌の集団間移籍、集団同士の出会い事例を基礎にした社会構造をめぐる話題提供があった。最後に加納隆至教授が全体にまたがる的確な総括をおこない、現在はビリヤ生息地のコンゴ民主共和国の政治状態により調査は中断を余儀なくされているが、もし調査が再開される機会があれば、その際におこなうべき研究の展望についてコメントがあった。
参加者は70名を越える大盛況で、時間の制限があったのにもかかわらず、各演者からの中味の濃い話題提供とフロアからの熱心な討論で、充実した研究会となった。(上原重男)

編集: COE形成基礎研究・ニューズレター委員会(三上章允・田中正之)

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